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第194話(噂は光の如く)

アルの最初の治療が終わり、部屋に静かな空気が流れた。

光がゆっくりと消えていく中、エレナの顔にほんのりと血色が戻り、呼吸も穏やかになっていく。

苦しげだった表情も和らぎ、彼女は目をまん丸に開けたまま、しばらく放心していた。


フィオナがそっと母の手を握り、心配そうに尋ねる。


「母上、どうですか? 少しは楽になった?」


エレナはゆっくりとフィオナに顔を向け、かすかに頷いた。


「ええ……少し楽になったわ。さっきまで息をするのも……辛かったけど、

 今は呼吸がずっと軽く感じる……。体の奥深くにあった重さが……

 少しだけ取れたような……気がするの」


その言葉に、フィオナはほっと胸を撫で下ろし、微笑みを浮かべた。


「よかった……それに……天候にも感謝しなければと思った。橋が通れなくて、本当に良かった……」


エレナは不思議そうに眉をひそめる。


「…それって……どういうこと?」


「私たちはレイと一緒に王都に行くことになったのだが、カム川にかかる橋が雨で流されてしまってな。

 それでミストリア経由で向かうことになって……レイが家に挨拶に来たいと……」


少し呼吸を整えたエレナは、フィオナに向き直ってかすれた声で言った。


「フィオナ……体を起こさせてくれないかしら」


フィオナは驚きつつも、すぐに母の肩に手を添え、ゆっくりと体を起こさせた。


「無理しないで、母上……」


エレナは上体を起こし、やや疲れた様子ながらも落ち着いた表情で座った。

そして、レイの方へ顔を向けると、細めた目でじっと見つめながら尋ねる。


「ねぇ、フィオナ……この方は一体?」


フィオナはやや戸惑いながら答えた。


「ん? 先ほどレイが自己紹介したと思ったが……彼は私たちの仲間で――」


「いえ、フィオナ……レイさんのお名前は聞いたわ。私が聞きたいのは……さっきの“光の治療”のことよ」


エレナの視線は真っ直ぐレイに向けられていた。

レイは少し黙った後、意を決してポケットから聖者の証である指輪を取り出し、それを指にはめる。


そして、緊張した声で告げた。


「オレ、コホン……私は、この通り教会から認定された聖者です。

 さっきの光はですね……体内に溜まった有害な物質を浄化するためのものです。

 いきなりで驚かせちゃってすみません」


エレナは目を見開き、驚愕の声を上げた。


「せ、聖者様!」


レイはこくりと頷く。


「先ほどの光は、演……いや、治癒の光です。まだ完全に治ったわけではありませんが、

 何日か続けていけば、きっと良くなるはずです」


その時、井戸端で話していたおばちゃんが玄関から顔を出し、中を見回して驚いた声を上げた。


「あら、エレナさん、大丈夫なのかい? 起き上がって……」


エレナは微笑みながら答える。


「ええ…、今、教会から…認定された聖者様が…治療してくださったの…」


「ええぇっ! せ、聖者様ぁ!?こりゃ大変だよ!! 」


おばちゃんは大声を上げ、慌てて家を飛び出していった。

レイはその背中を呆然と見送り、深くため息をつく。


「今……何か、とても拙いことが起きた気がする!」


その予感は、すぐに現実のものとなった。

“おばちゃんパワー”による噂の伝播は恐ろしいほど早く、あっという間に「聖者様来訪」の話が

下町中に広がっていった。


家の中でスープを作っていたセリアとサラも、外の騒ぎに気づいて顔を見合わせた。

そして、キッチンから飛び出してくる。


「何があったの? どうしてこんなに騒がしいの?」と、セリア。


サラは耳をピクピクさせながら周囲を見回し、ぽつりとつぶやいた。


「さっきまで静かだったのに、急に騒がしくなったニャ……まさか、レイがまた何かやらかしたのニャ?」


騒ぎに気づいたエレナも、やや驚いた表情を見せた。


「あら……私、まずいことを言っちゃったかしら……」


リリーとフィオナは無言で顔を見合わせ、肩をすくめる。


「まぁ、こうなるのも時間の問題だったかもね……」とリリー。


「まあ、あの人は、昔からおしゃべりだからな…」と、フィオナも控えめに頷いた。


レイは頭を抱えながら、膨れ上がる騒ぎにため息をつく。


「ああ……やっぱり、予感が的中した……」


やがて、野次馬の人々が左右に割れて道を開けた。

その中から現れたのは、荘厳な衣をまとった街の教会の司祭だった。


「失礼する。こちらに聖者様が来訪中と連絡があったのだが、聖者様はおられるか?」


レイは諦めたように手を上げる。


「オレ、いや、私です」


司祭は少し疑わしげに問い返す。


「聖者様を名乗られるのはよろしいですが、何か証明できるものをお持ちですかな?」


レイは無言で指輪を外し、それを差し出した。


「これでは証明になりませんか?」


それを見た司祭の顔が一変し、すぐに一歩前に進んで深く頭を下げた。


「おお、本物の聖者様……王都へ移動中と伺っておりましたが、この街に滞在されているとは。

 お迎えできる光栄に与り、感謝いたします」


レイは内心の焦りを隠しつつ、何とか表情を保って頷いた。


「ええ……少し、予定が変わりまして……」


そう言いながら、どうにかこの場を切り抜ける策を考え始めた。


「すみません、司祭様。どうしても内密にしておきたかったのですが、噂が広がってしまって……

 これ、なんとかなりませんか?」


外の騒ぎをちらりと見やりながら、レイが問うと、司祭は頷いた。


「そうですな……お困りでしょう」


司祭が合図を送ると、数人が近寄ってきて騒ぎの収拾に動き始める。

その中に、噂の発信源となったおばちゃんも再び現れ、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんねぇ、こんなに大きな騒ぎになるとは思っていなくて……」


フィオナは苦笑いしながら肩をすくめる。


「まあ、どこの町でもこうなるから、もう慣れっこになってしまった」


おばちゃんは目を輝かせてフィオナに詰め寄った。


「で、聖者様とあんたはどんな関係なんだい?」


「ああ、彼は身内でな。一緒に旅をしているんだ」


「ええぇっ、身内ぃ!? こりゃおめでたいわよ!!」


おばちゃんはまたも大声を上げ、慌てて家を飛び出していった。

レイはその背中をまたも呆然と見送り、深くため息をつく。


「今……何か、とても拙いことが、また起きた気がする!」


周囲の野次馬が一気に反応し、ざわめきが広がっていく。

やがてその噂はさらに加速し――


「エレナさんところのフィオナちゃん、聖者様と結婚したらしいわよ!」


――という、とんでもない話にすり替わって街中に広まっていった。


「結婚!?」


レイはその言葉を耳にして、驚愕の声を上げた。


「なんでそうなるんだ!?」


フィオナも顔を真っ赤にして震える。


「……もう、どうしたら……」


セリアがすばやく詰め寄り、声を潜めて尋ねた。


「フィオナ、どういうこと? なんで結婚なんて噂が広まってるのよ!」


「いや、私はパーティ仲間として『身内』と言っただけなんだ!」


セリアはじっと彼女を見つめた後、微妙な表情で言った。


「なら、ちゃんと『パーティ仲間』って言いなさいよね!」


その目には、わずかな疑念が滲んでいた。

フィオナは焦りながらも釈明しようとするが、うまく言葉が出てこない。


「違うんだ、ほんとに……!」


そんなフィオナの姿を見て、エレナが優しく笑った。


「ふふ……フィオナが結婚するなんて……夢みたいな話ね……」


「母上まで……やめてください……」


フィオナは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにつぶやいたのだった。


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