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第192話(フィオナの里帰り)

レイたちはカム村での優雅な野営を終え、次の目的地であるミストリアへと向かっていた。


当初はグリムホルトから橋を渡る計画だったが、川の増水によって橋が流されてしまい、旅程の再構成を余儀なくされた。一行は馬車で移動しながら、進路について話し合っていた。


現在はサラが御者席に座っているが、手綱を握ることはなく、完全にシルバーに任せっきりだ。

スレイプニルのシルバーはまるで自動運転のように賢く、道を正確に進んでいく。


ミストリアはカム川の上流に位置する、美しく静かな街だ。

その背後には、エルフの里が広がる深い森が控えており、さらに西にはエルトニアの町がある。

両都市の間には広大な森が広がり、その中には南部神殿がひっそりと佇んでいるという。

神殿の手前には小さな宿場町もあるそうだ。


旅の最中、レイたちはその神殿に立ち寄るかどうかで意見を分かつ場面があった。


「神殿、寄らなくてもいいんじゃないですか? 前回の足止め、ちょっと面倒だったし……」


レイはそう提案したが、フィオナとセリアがすぐに反論した。

「レイ。あなたは“聖者”なのだ。神殿には顔を出しておくのが筋だと思う」


フィオナが真剣な表情で言い、セリアも少し困ったように続ける。


「神殿の関係者は、聖者としてのあなたに期待してるわ。素通りなんてしたら、後々面倒なことになるかもしれないわよ」


レイは二人の言葉を聞きながら、前回の神殿での騒動を思い返していた。

とはいえ、思い直す気持ちもあった。


(待てよ?もしかしたら今度こそ、聖域に入って、魔法を授かれるかも……?)

「どうしようかな……」


そう呟いたが、話はひとまず保留にした。とはいえ、レイの心は少しずつ神殿に向かい始めていた。


「とにかくまずはミストリアですね。それからどうするか考えましょう」


レイの言葉に、仲間たちは頷いた。神殿に立ち寄るか否かは、もはや“素通り”ではなく、“入れるなら行きたい”という思いに変わっていた。


その日は川のそばの開けた場所で野営を行い、翌朝、一行はミストリアの街へと足を踏み入れた。


***


ミストリアの西門で馬車とシルバーを預けた一行は、フィオナの母が住む下町を目指して街を歩き始めた。


街に足を踏み入れた瞬間、レイは目を見張った。

家々は無垢の木材で組まれ、木の色合いや節がそのまま生かされている。

自然と共にあるような優雅な造りは、エルフと人間の建築美が見事に融合したものだった。

通りには木々が茂り、森の中を歩いているような錯覚すら覚える。


この街は川と森、湖に囲まれ、美しい自然と静けさを併せ持っている。

北には七十年前にエルフたちが開いた里があり、今も彼らの文化と自然との共生が色濃く息づいていた。

森の近くには、エルフの工芸品や交易品を扱う市場が立ち、異種族間の交流も盛んだ。


街を歩けば、そこかしこにエルフの姿が見える。他の街では味わえない、独特な空気がこの街にはあった。


「ミストリアは町の条約で、全ての建物が同じ建築様式で統一されているんだ。

 これもエルフへの配慮の一環になっているんだ」


フィオナが広場から伸びる道を指さしながら説明する。


「じゃあ、白い壁の建物は?」

「ミストリアに白い壁の家は無いと思うな」


その答えを聞いたレイは、ここでの屋敷探しの考えをすぐに引っ込めた。


フィオナは街のあちこちをくまなく紹介してくれる。


「レイ、あそこが教会だ。連絡を入れておくか?」

「とりあえず後でいいです。護衛とかで騒ぎたくないですから」


軽く首を振るレイに、フィオナは頷いて先へ進む。


「この道の先に見える大きな建物が冒険者ギルドだ。私たちが入ってきたのは西門だけど、ギルドは北門に隣接している」


「へぇ、どこのギルドも門に近いですよね」

レイは周囲を見渡しながら、つぶやいた。


「この通りがメインだな。エルフの工芸品とか、この街ならではのものも手に入ると思うぞ」


そして、フィオナは奥の通りを指す。

「ここを超えたところからが下町だな。私の家はこっちだ」


フィオナが示す方向に歩を進める。


下町に入ると、少しひなびた雰囲気に変わり、井戸の周りに集まったおばさんたちが世間話をしていた。

そこへフィオナがレイたちを連れて近づくと、すぐに声が飛んできた。


「あら、フィオナちゃん! 久しぶりだねぇ」

「お母さんが寝込んじゃって大変だよ! 早く行っておやり!」

「いいとこに帰ってきたよ、ほんとに!」


その言葉に、フィオナの顔色が一瞬変わる。


「え……?」


驚いた様子を見せたかと思うと、すぐに足を速めて家へと向かった。


家に着いたフィオナは、ドアを開けて静かな室内に駆け込んだ。

部屋は薄暗く、風がカーテンをわずかに揺らしていた。


寝室に入ると、母・エレナがベッドに横たわっていた。頬はこけ、唇は乾いて色を失い、目の周りには深い疲労の跡が滲んでいる。毛布の上に落ちた細い腕と、熱を含んだ呼吸に、フィオナは胸が締め付けられるような痛みを感じた。


「母上……?」


フィオナはかすれた声で呟き、母の変わり果てた姿に言葉を失う。

やがて、エレナが薄く目を開け、弱々しい声を絞り出した。


「フィオナ……おかえり」

その声には、はっきりとした熱の気配があった。フィオナは急いでエレナの額に手を当てる。


「母上、熱があるじゃないか……?」

額には異常なほどの熱がこもっていた。フィオナの心配は一気に高まり、息を呑んだ。


「大丈夫よ……少し、休めば……」


エレナはそう言ったが、体全体が重く打ちのめされているのは明らかだった。


そこへ、家の扉が静かに開く音がした。

リリー、レイ、サラ、そしてセリアが順に入ってくる。


リリーはすぐにフィオナの横へ歩み寄り、冷静に声をかけた。

「ちょっと見せて」


そして、額に手を当て、脈を測り、呼吸の様子を確認する。


フィオナは不安な面持ちで母を見つめつつ、リリーの手際を見守っていた。

部屋には緊張が満ちていた。レイもサラも、セリアも、静かに見守る。


やがてリリーが呟いた。

「うん……かなり高熱が出ているわね。すぐに何か処置しないと、体力が持たないかもしれないわ」


その言葉に、フィオナはリリーを見つめた。


どうすればいい? ――そんな問いを目に込めながら。


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