第1話(ゴブリンの穴)
誤字修正しました。
読み易くなるように改稿しました。
セリアは冒険者ギルドの受付で、いつものように書類を整理していた。
そこへ、一人の若い男が入ってくる。レイだ。彼はダンジョンに向かう準備を整えていた。
レイは十八歳の青年で、身長も体格も冒険者としては平均的。
短く切りそろえられた髪は、この町では珍しい銀色。前髪は少し長めで額にかかっている。
瞳は大きく、鮮やかなエメラルドグリーンが印象的だった。
装備は実用重視で、動きやすさを優先したもの。
革のジャケットに擦り切れたシャツ。下は丈夫な布のパンツに革のブーツ。
腰には鉄製の剣を、背にはバックパックを背負っている。
「レイ君、また一人であそこのダンジョンに潜るの?」
セリアが心配そうに声をかける。
レイは苦笑いを浮かべた。
「ええ、セリアさん。もう少しで何か掴めそうな気がするんですよね」
セリアは深いため息をつき、呆れ気味に言う。
「いつまでも一人で危険を冒すのはどうかと思うんだけどなぁ。ちゃんとパーティを組んだ方が、安全だと思うわよ」
「ありがとうございます。でも、四階層までは何度も通ってますし、五階層のゴブリンも、上手く立ち回ればなんとかなると思ってます。今、自分の力がどれくらい上がってるか試してるところなんです」
そう言って、レイは謙虚に微笑んだ。
その時、背後から他の冒険者たちの声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 万年Eランク様が、またゴブリンのとこに遊びに行くんだってさ」
「ああ、ゴブリンの穴か。飽きないよな。まだクリアできないのかねぇ?」
嘲笑混じりの声が、耳に刺さる。
もっとランクを上げたい気持ちはある。
だが、昔助けてくれた冒険者のようにカッコよく動けるわけでもない。
小さい頃から剣の鍛錬はしてきたが、自己流だったせいか、特技と呼べるものもない。
今もし仲間ができたとしても、きっと足を引っ張るだけだろう。
冒険者になって三年目。
自分にセンスがないことを、レイは痛感していた。内心では、げんなりするほどに。
「ソロは何かあった時でも、一人で対処しなきゃならないのよ。無茶したらダメ」
セリアが優しく言う。
「わかってます。……じゃあ、行ってきます」
そう言い残し、レイはセリアのもとを後にした。
向かうのは町の近くにある、「ゴブリンの穴」と呼ばれるダンジョン。
もう一つのダンジョンと違って、駆け出しの冒険者しか訪れない、人気のない場所だ。
魔物はほぼゴブリンだけ。
魔石を抜いてしまえば、死骸はダンジョンスライムが処理してくれる。
軽装備でも十分対応できる。階層も五つだけで、腕の立つ冒険者なら二時間もあれば踏破できる。
ではなぜ、何度もこのダンジョンに通うのか。
表向きの理由は「剣技を磨きたいから」
だが本音を言えば――生きるためだ。
魔物と命を懸けて戦う緊張感。
一歩間違えば命を落とすかもしれない。たとえ相手がゴブリンでも。
その極限の空気の中に身を置いていると、自分の中に眠る何かが少しずつ磨かれていくような感覚がある。
レイには、それが確かに感じられていた。
そして今日もまた、彼は「ゴブリンの穴」へと足を踏み入れる。
ダンジョンの入り口は、緩やかに下る石造りの階段。
壁には苔が張りつき、足元はわずかに湿っていた。
レイは慎重に一歩ずつ進みながら、周囲の気配を探る。
「……いるな」
耳を澄ませば、奥の方から微かにガチャガチャという音。
鉄器を扱うゴブリン特有の気配だ。
剣の柄に手をかけ、呼吸を整える。
「深呼吸……落ち着け。いつも通りやればいい」
レイは静かに階段を降りていく。
開けた空間に出ると、そこには三体のゴブリンがいた。
一体がこちらに気付き、ギャギャと声を上げる。
「来たな。……いくぞ」
レイは剣を抜き、低く構える。
ゴブリンたちが一斉に突っ込んできた。
まず一体目――剣を大きく振り下ろしてきた。
レイは一歩左へ避け、すかさず腹部に一撃。悲鳴とともに倒れる。
二体目は槍使いで、距離を取って牽制してくる。
レイが間合いを詰めようとしたその時、横から三体目のナイフが襲いかかる。
「っ!」
紙一重でバックステップし、剣で払い落とす。
三体目が一瞬バランスを崩したのを見逃さず、斬りつける。
残るは一体。焦ったのか、槍使いのゴブリンも突進してきた。
「冷静に……!」
レイは槍を横へ逸らし、一気に間合いを詰めて胸元に一撃。
三体とも倒れた。
レイは肩で息をしながら、ゴブリンの死骸を見下ろす。
「……よし。今日は調子がいい」
その顔には、少しだけ自信が浮かんでいた。
ゴブリンの穴は、一階層目から四階層目までは分岐もなく、ほとんど同じ景色が続くため、マップは要らない。
ただ、ひたすら下へと降りていくだけのダンジョンだ。
ただ最下層にたどり着くと、状況は少しばかり変わる。
ゴブリンキングが現れるようなボス部屋はないが、手強いゴブリンたちが集まっている部屋がいくつか存在する。
ゴブリンナイトは錆びた剣を突き出して襲いかかり、
ゴブリンアーチャーは短弓で遠くから矢を放ち、
ゴブリンメイジは木の杖を振りかざし、威力は控えめながらも魔法を唱えてくる。
しかも、こいつらは連携して襲いかかってくる。これがまた厄介だ。
この最下層のゴブリンに挑み、ソロで無傷で帰還できるようになること。
それが、次のステップに進むための試金石だとレイは思っている。石の上にも三年というやつだ。
しかも、ナイト、アーチャー、メイジの三種は、普通のゴブリンよりも質の良い魔石を持っていることが多い。
値段もそれなりに上がるため、うまく一掃できれば儲けも大きい。
また、最下層では、時折宝箱が見つかることもある。
ただし中身は期待外れが多く、「穴の開いた服」「錆びたナイフ」「ただの石」など、ガラクタも珍しくない。
それでもごく稀に、剣や鈍器といった装備品が出ることもあるため、
新人や物好きな冒険者がこの「ゴブリンの穴」を訪れるのだ。
その日もレイは、人気のないこのダンジョンへと足を運んでいた。
ただ、いつもと様子が少し違っていた。すぐに五階層まで進んでしまったのだ。
いや、今日に限っては「たどり着いてしまった」と言うべきかもしれない。
ダンジョン内の魔物が、異様なほど少なかった。
二階層で三匹のゴブリンと遭遇したきりで、その後はまったく姿を見せなかった。
三匹では、今日のノルマには到底足りない。
だからこそ、慎重に構えて挑むはずの五階層にも、気づけば自然と足が向いていた。
魔物がいない理由に思い至ったのは、五階層に入って間もなくのことだった。
その部屋には、見慣れない奇妙な道具と、丸い兜を被った冒険者らしき男の姿があった。
その男はダンジョンの床を叩きながら、何かをしているようだった。
なるほど、先客が掃除してくれたというわけか。魔物が出てこなかったのも納得だ。
「このダンジョンで他の冒険者に出くわすなんて、久しぶりだな」
そう考えながら、レイはしばし黙って様子を見守っていた。
だが、男は突如として洞窟の岩陰にしゃがみ込んだ。
レイは、男が自分をゴブリンと勘違いしたのではないかと疑った。
もし矢でも飛んできたら厄介だ。そう思い、両手を軽く上げながら、慎重に距離を取って声をかける。
「おーい、敵じゃないぞ。オレも同業者だ。…何してるんだ、そんなところで?」
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