第189話(トラウトすり身スティック)
グリムホルトの市場は、色とりどりの野菜や果物、カム川で獲れた新鮮な川魚や肉が所狭しと並び、
活気に満ちていた。店先には威勢の良い掛け声が飛び交い、訪れる人々で賑わっている。
レイたちは街を散策しながら、旅に必要な物資を揃えるため市場を訪れていた。
そしてレイは、安堵の表情を浮かべた。
(よかった……)
彼は司祭に「闇の密偵が大好きなんです、護衛はそれでお願いします!」と懇願し、
目立たない護衛へと交代してもらっていたのだ。
これでようやく落ち着いて行動できる。市場の喧騒の中でも、彼の表情には余裕が戻っていた。
「ニャー! すごいニャ、あれもこれも美味しそうニャ!」
サラが興奮気味に市場を見回しながら、色とりどりの食材に目を輝かせている。
すると、彼女の目が一つの露店で止まった。そこには見事なトラウトがずらりと並んでいた。
「これニャ……」
サラはトラウトに釘付けになり、しばらくの間じっと見つめていた。
「サラ、どうした?」
不思議そうにフィオナが尋ねる。
「このトラウトですり身スティックを作ってみたいニャ!」
「すり身スティック?」
セリアが興味津々に耳を傾ける。
「そうニャ! このトラウトを使えば最高のすり身が作れるニャ!
もうファルコニャーで買ったすり身スティックはないのニャ! 馬車の保冷庫に積むのニャ!」
サラが勢いよく買おうとするのを見て、レイが手を伸ばし止めた。
「待って、サラさん。せっかくだから例の証書を使おう。」
レイは衛兵隊から受け取った優遇措置の証書を取り出し、店主に見せる。
「おお、これは街の優遇措置の証書じゃないか。もちろん、三割引きにさせてもらうよ」
店主はにっこりと笑いながら快く応じてくれた。
「やったニャ!」
サラは喜びの声を上げ、嬉しそうにトラウトを手に入れた。
***
サラはすぐにトラウトを抱えて、近くの食堂へと足を運んだ。入り口で店主に声をかける。
「こんニャちは! このトラウトですり身を作ってほしいニャ!」
自慢げにトラウトを差し出す。
店主は少し驚いた様子で眉を上げる。
「おいおい、トラウトってのは焼いて食うのが一番美味いんだ。すり身にしたら可哀想だろ?
うちのメニューを見てくれよ!」
彼が示すメニューには、トラウトの塩焼き、香草オーブン焼き、塩バターホイル焼きと、
焼き物がずらりと並んでいた。
しかし、サラは引き下がらない。
「そこを何とかニャ! 材料はサラが持ってきたニャ。
他に必要な食材があれば、その分のお金も払うニャ! お願いだニャ!」
さらに、レイの持っていた証書を掴み、
「お礼に、少しだけ分けてあげるニャ。それでもダメなら、この証書を見るニャ!」
店主はしばし沈黙し、サラの熱意と証書に目を通した後、ふっと笑った。
「その証書は街に貢献した者に渡されるやつじゃねぇか!それを見せられちゃ仕方ないな。
分かったよ、そのトラウトで美味しいすり身を作ってみよう。腕によりをかけてやってみるよ!」
「ありがとうニャ!」
サラは嬉しそうにトラウトを手渡した。
***
店主はまず、トラウトを丁寧に捌き始めた。
「任せな。ここはプロの出番だ!」
サラが手伝おうとするも、店主がやんわり制止する。
悔しそうにしながらも、サラは興味津々にその手元を見つめた。
身をほぐし、骨を取り除いていく所作に、思わず呟く。
「すごいニャ……」
続いて、ほぐした身を大きなすり鉢に入れ、すりこぎで丁寧に潰していく。
「こうやって、魚の旨味を引き出すんだ!」
「なるほどニャ!」
サラは感心しながら、滑らかになっていくすり身に目を輝かせる。
塩と香辛料で味を整えた店主は、ひと口味見して満足げに頷いた。
「うん、完璧だ!次は形を作るぞ!」
「ニャ! 私も手伝うニャ!」
店主がすり身を手に取り、小さな団子状に丸めていく。サラも見よう見まねで同じように形を整える。
「上手いじゃないか、嬢ちゃん!」
「任せるニャ!」
大鍋に湯を沸かし、団子を一つずつ入れていく。
「ここで、じっくり茹でるのがポイントなんだよ!」
鍋の中の団子がぷっくり膨らんでいくのを見て、サラは小さく跳ねた。
「ニャ、いい感じに膨らんできたニャ!」
やがて、茹で上がったすり身を店主が箸ですくい、ざるに移す。
「さぁ、ここからが重要だニャ!」
サラは串にすり身を刺し、店の炭火で焼き始めた。
「ほうほう、それを焼くのか。なるほど、これは香ばしくなりそうだな」
「こうやって、表面をカリッとさせるのがポイントなんだニャ!」
炭火の上で香ばしい香りが立ち上る。
「へぇ、これは面白い方法だな。新しいメニューになりそうだ!」
店主も感心しきりだった。
***
焼き上がったすり身は、外はカリッと香ばしく、中はふんわりとした食感。見た目からして実に美味しそうだ。
「できたニャ!」
サラは満面の笑みで串を掲げた。
「これ、きっとお客さんに喜ばれるぞ!」
店主とともに試食すると、その味に誰もが満足する。
「みんニャ、これがサラ特製のトラウトすり身スティックニャ!」
誇らしげに仲間たちに見せびらかすサラ。興味津々の面々が集まり、試食大会が始まった。
しかし――
レイがふと皿を見てみると、保冷庫に入れるはずだったスティックまで食べ尽くされており、
残っているのはたった三本だけだった。
「もう食べられニャい!」
サラは串を口に加えながら、満足そうにお腹を撫でていた。
もう一度、トラウトを買うところからやり直したのは――言うまでもない。
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