第188話(護衛が目立てば聖者が引っ込む)
レイは、女性陣の圧倒的な説得力に負け、グリムホルトに三日間滞在することに決めた。
今日はその旨を教会に報告する予定だ。
もっとも、前回のファルコナーでの失敗から、過剰な護衛は避けたい。
居場所を知らせる義務はあるが、目立ちすぎては本末転倒だ。
「正直に話すのが一番か……」
そう判断したレイは、朝の鐘が鳴る前に鐘楼へと向かった。
グリムホルトの鐘は他の街と異なり、機械仕掛けで動いているらしい。
その壮大な構造を見上げて、
「ほへ〜……」
と、レイは感嘆の声を漏らした。
鐘の音が街に響き始める頃、彼は教会へと足を運び、扉を開けた。
司祭に挨拶を済ませると、さっそく本題に入る。
「前回、ファルコナーで護衛をお願いしたんですが……
逆に目立ってしまって、トラブルを引き寄せてしまいました。
今回の滞在では、なるべく目立たないように行動したいのですが……」
司祭は静かに頷き、落ち着いた声で言った。
「ほぉ、聖者殿でしたか。連絡は着ておりますぞ。
聖者様が目立ってしまえば、かえって危険ということもあるでしょう。
ご安心ください。“聖者様“が目立たぬように配慮いたしましょう」
レイは少し驚きつつも、内心で感心した。
(おお、話が分かる司祭さんだな……)
「いえいえ、聖者様を困らせるわけには参りませんからな」
司祭は穏やかに笑みを浮かべた。
「それで、グリムホルトには何日ほど滞在のご予定でしょう?」
「三日間ほど滞在し、その後はリンハルトへ向かうつもりです」
「承知しました。では、滞在中は“聖者様“が目立たぬように護衛を配置いたします。
何かございましたら、いつでも教会までお知らせください。
どうか安全第一でお過ごしを――聖者様」
レイは感謝の気持ちを込めて一礼した。
「ありがとうございます、司祭様」
肩の荷が少し下りた思いで、教会を後にする。
***
護衛を避けることに成功した――そう思ったのも束の間だった。
レイが屋敷探しとトマトゥルの株探しを始めてしばらくすると、妙な違和感に気づいた。
周囲の視線が妙に集まっている。
(ん……? なんか……見られてる?)
ふと後ろを振り返ると、思わず固まった。
そこには――まるで軍隊のように整然と並ぶ、大量の護衛たちがいた。
重装備の兵たちが規律正しく行進し、まさに街中を行軍しているかのような光景だった。
「え、ちょっと待って。こんなつもりじゃなかったんだけど……」
呆然と呟くレイの背後で、護衛たちは一糸乱れぬ動きで続いてくる。
まるで王族に付き従うかのような厳粛さすら感じられた。
(これは……どういうことなんだ?)
教会でのやり取りを思い出し、嫌な予感がする。
(あれ……? まさか……
“目立たないように”って言ったよな? 話が分かる司祭さんだと思ったのに……!)
なんとか止めようかと考えたが、護衛たちの鋭い視線と鉄の規律に圧されて何も言い出せなかった。
(……これ以上、下手に動くと面倒なことになりそうだ)
とりあえず、何も言わずに街を歩き続けることにした。
「まあ、これで少なくとも安全は確保される……かな?」
自分にそう言い聞かせながら、巨大な護衛集団を引き連れて街を回る。
しかし――
(これ、絶対、目立つだろう……)
心の中で何度もそう呟くレイ。
ついに我慢の限界を迎えた彼は、踵を返し、再び教会へと駆け込んだ。
勢いよく扉を開け、司祭のもとへ突進する。
「司祭様、話が違うと思うんですが!」
「私は目立ちたくないんです!」
訴えるような声に、司祭は穏やかに頷いた。
「そうでしょう、そうでしょう」
「でしたら、なぜあんな大軍で護衛を……!」
「聖者様。だからこそ、護衛の方を派手にしたのです。
周囲の目を護衛に集中させることで、聖者様は目立たずに済む。完璧な策では?」
レイはその場で固まり、数秒の沈黙の後、心の中で叫ぶ。
(いや、それは違う……!)
その様子を見ていたアルも、つぶやくように言った。
(……すごい理論ですね)
***
護衛たちの装備は、時間と共にさらに派手になっていった。
最初はただの武装集団だったが、やがて鮮やかな色合いのマントを纏い始める。
そのマントには金糸で刺繍された巨大な紋章が刻まれていた。
さらに、鎧は宝石で装飾され、陽光に照らされてキラキラと輝き、
リーダーの持つ槍には巨大な旗が掲げられ、風になびいて誇らしくはためいていた。
それだけでは終わらない。
彼らはラッパや太鼓まで持ち出し、街を進むたびに音楽を鳴らし始めた。
まるで王族の凱旋式のような盛大さで、レイを囲みながら練り歩く。
そしてついには――
「聖者様がお通りだーっ!」
大声で叫びながら、通行人や商人に手を振る始末。
その場にいた者すべての注目が、一斉にレイへと向けられる。
レイはついに頭を抱えた。
「なんなんだ、これ!どんな罰ゲームなんだ!」
そして、再び教会へと向かいながら叫ぶ。
「司祭様、もう勘弁してくださいっ!!」
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