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第185話(救出脱出大作戦II)

レイとセリアが檻の錠前を開けている最中、アルの声が頭に響いた。


(レイ、靴音がします。見張りが戻ってきたかもしれません)


咄嗟にレイが視線をフィオナのいる扉の方へ向けると、すでにサラも気づいているらしく、

ふたりは無言のまま、扉の前で待ち構えていた。


やがて、ゆっくりと扉が開かれ始める。


その瞬間。


フィオナは一歩踏み込み、鉄の棒を振り抜いた。

相手の側頭部を正確に打ち抜く。


「っ!」


男は呻き声も上げず、そのまま崩れ落ちた。

倒れるその体を、サラが音もなく受け止める。


手際よく倒れた男のショートソードを引き抜き、無力化した後に

体を扉の奥へ押し込むように転がした。


そのまま、彼女たちは扉の中へと消えていった。


「……あれ、中に入っていっちゃった」


驚いたように呟いたレイに、リリーが落ち着いた声で答えた。


「陽動に出たんじゃないかな。見回りが帰ってこないと怪しまれるから」


「……じゃあ、こっちも急がないとですね」


そう言って、レイはセリアと手分けして檻の解錠を急いだ。

やがて、八つあったすべての檻が開き、中にいた女性たちの縄も順に解かれていった。


女性たちは安堵の表情を浮かべながらも、まだ不安に満ちた目をしていた。

誰も声を上げず、ただ震え、壁にもたれたまま動けずにいた。


リリーが、そっと膝をついて女性たちに向き合う。


「怖い思いをしましたね。でも、もう大丈夫です。

私たちがここから連れ出しますから、少しだけ頑張ってついてきてください」


その言葉に、女性たちは小さく頷き始める。

重たい体をようやく持ち上げ、静かに歩き出した。


「私が先導するわ」


セリアがそう言って、サラが入った扉とは反対側の通路へと歩き始める。

攫われてきた女性陣もそれに続いた。


砦の中はひんやりと湿っていて、通路の石床が靴音を吸い込んでいた。

誰も言葉を発せず、ただ自分たちの呼吸と足音だけが、静寂の中に響いていた。


しばらく進んだそのとき、セリアがぴたりと足を止めた。


「……みんな、待って。ここにトラップがあるみたい」


「どんなトラップですか?」


レイがすぐに横に寄って尋ねると、セリアは地面の一点を指差した。


「見て。この床には細いワイヤーが張ってある。

これに足を引っかけると、上から網が降ってきて動きを封じる仕掛けよ。

非殺傷性だけど、捕まったら動けなくなるわ」


さらに、セリアは眉をひそめる。


「それに、音も鳴る。トリガーが作動すると、周囲に吊ってある鳴子が鳴る装置がついてる。

解除しないと進めないし、迂回もできないわね……」


レイは地面を見つめながら、何かを考えるように口元に手を当てた。


やがて、彼は右手の指先から魔力を放出し、魔力鞭を生成する。


「……試してみます」


ぴんと張った鞭が、淡い光を帯びながら伸びていく。


(レイ、鞭をもう少し光らせますね。これで目視しやすくなるはずです)


アルの声に呼応するように、魔力鞭がわずかに輝きを増した。

ワイヤーと鞭の距離が明確になり、レイは集中力を研ぎ澄ませる。


「このワイヤーを動かさずに、トリガーだけを解除します」


「慎重に……ほんの少しでも動かすと、トリガーが作動するわよ」


セリアの助言を受け、レイは“箸”のように魔力鞭を操ってワイヤーを固定。

そのまま、静かに鞭の先端でトリガーの噛み合わせを解除していく。


鞭の動きが止まり、息を呑むような静けさが数拍続く。


「……よし。これで通れます」


レイが微笑みを浮かべる。


「この魔力鞭、毎朝いろいろ練習してたんです。

小石を積んだり、木の葉に穴を開けたり……」


「その練習が、今、役に立ったのね。さすがよ」


セリアも微笑み、仲間たちはひとりずつ足元を注意しながら通過していった。

進み続けていると、サラが向かった側の奥から声が響いてくる。


「あっちに逃げたぞ!」

「コイツ、女なのに強いぞ!」


男たちの怒鳴り声の中に、サラの明るい声が混じっていた。


「ニャハハ、追いつけるものニャら追いついてみろだニャ!」


靴音が弾み、床を打つ音が後を追う。

――どうやらジャンプシューズを全開で使って走り回っているらしい。


(スレイプニルと競争してる人に追いつける筈もないか……)


レイは心の中でそう呟き、彼女の陽動がうまくいっていることを確信した。


そして――


セリアの先導で、拉致されていた女性達はついに砦の外へ出た。

雨上がりの冷たい夜風が、肌を刺すように吹きつけてくる。


ほんの一瞬だけ、解放されたという安堵の空気が流れた。


しかし、安堵はすぐに打ち消される。


「おい、あっちだ! 女たちが逃げているぞ!」


砦の上から敵の叫び声が飛んできた。


振り返ると、砦の壁の上にサラとフィオナの姿が見える。

彼女たちは敵を撹乱しながら、砦の上で戦っていた。


「こっちの女は放っておけ! 先に逃げた奴らを捕まえろ!」


敵の指示が飛ぶ。

それに呼応するように、大勢の追手がこちらに向かって走り出した。


レイはすぐに状況を把握する。

追手は早い。しかも、攫われた女性たちは――


「……このままじゃ追いつかれる!」


その場にいた女性たちは、すでに息も絶え絶えだった。


「いやぁ……助けて……」

「怖い……」

「もう走れない……」


小さな悲鳴や嗚咽が漏れ、誰かがつまずいて転ぶ。


恐怖の連鎖が、全体を包み込もうとしていた。


「リリー、彼女たちをサポートして!」


セリアの指示に、リリーがすぐさま駆け寄る。


「大丈夫、私が支えるから。もう少し、頑張って」


彼女は一人ひとりに寄り添い、手を取って歩調を合わせていく。

だが、女性たちの表情からは恐怖の色が消えなかった。


「逃げ切れるの……?」

「もう……無理……」

「怖い……!」


怯えた声に、リリーは揺るがぬ優しさで返す。


「もう少しだから。安心して。私たちが守るわ。大丈夫よ」


その言葉に、女性たちはようやく一歩を踏み出し始める。

だが、中には足がすくんで動けない者もいた。


レイはその一人のもとへ駆け寄り、短く声をかける。


「失礼します」


そう言うなり、レイはその女性をヒョイと抱え上げると、百メル先の岩場の影まで迷いなく運んだ。


一人を安全な場所へ運び終えると、レイは背後に身を翻した。

その耳に、アルの冷静な声が届く。


「レイ、敵二人が接近しています。距離、二百メル。速度は早いです」


「了解」


レイはその二人に向かって走りながら両手を胸の前に広げて置き、掌に圧縮した魔力を収束させた。

魔力球がその大きさになると呼吸を整え、軽く前へ突き出した。

生み出されたのは、バスケットボールほどの大きさを持つ、レイにしか見えない光なき魔力球。


――視認できない。気づかれない。


魔力球は音もなく空気を切り裂き、正確に敵の目前へと迫っていった。

次の瞬間、閃光も爆音もなく、ふたりの追手がボウリングのピンのように弾け飛ぶ。


(ストライクです)と、アルが小さく告げた。


「……ストライク?」


(ボウリングという競技で、すべてのピンを一球で倒すことをそう呼ぶのです)


「へえ、いい響き!。これも練習の成果がでたな」


レイが口元を緩めると、アルがすぐに次の情報を送る。


(他の追手は、まだ建物の中に留まっています)


「なら、今のうちだな」


レイは再び女性たちの方へと駆け出した。

すべては、誰一人欠けることなく、逃げ切るために。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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