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第183話(危険な歓迎)

シルバーが引く馬車のスピードは、通常の馬車のおよそ三倍に達する。

そのため旅程を見直し、リーフ村からグリムホルトまで、通常は八日かかる道のりを四日で走破した。


四日目は若干距離が長かったが、シルバーが気合を入れて走ったおかげで、夕方には目的地へと到着した。

そのとき空は厚い雲に覆われ、到着と同時に大粒の雨が降り始めた。


「少年もだいぶ明るくなったニャ!」


雨の音を聞きながら、サラが笑顔で言った。


「急に元気になったり、急に沈んだりが激しかったものね」


セリアも、降り続く雨を眺めながら続ける。


「そうだな。でも、いつでも相談に乗るぞ。私の旅の目的は、ほとんど達せられたようなものだからな」


フィオナは雨音に負けぬよう、少し声を張って返した。


「そうね、レイ君一人で悩むものでもないでしょ。さあ、早く宿を探しましょ」


リリーが提案する。


「ここがグリムホルトか〜。大きな街ですね」


レイは雨に打たれながらも、街並みを見渡して感慨にふけっていた。


五人は言葉を交わした後、門をくぐって街の中へと足を進めた。

雨は次第に強まり、石畳を勢いよく叩きつけていた。


グリムホルトの南側は活気のある区域で、昼夜問わず賑わっている。

狭い路地や曲がりくねった通りには、飲食店、酒場、劇場、賭場などがひしめいており、

この街では、さまざまな娯楽が楽しめるようだった。


北区だけは雰囲気が異なり、内壁を越えなければ入れない。

内壁の門から中を覗くと、そこには大きな屋敷が並ぶ、まるで別世界のような空間が広がっていた。


宿屋は歓楽街を挟んだ東地区と西地区に多く存在する。

歓楽街を目当てに訪れる客が多く、満室の宿も少なくない。

歓楽街へ入るには、用水路にかかった橋を渡る必要があるようだ。


レイたちは早く宿を決めたかったが、東地区の宿屋をいくつ回っても、すでに満室だった。


「ここもダメか…やっぱり雨が降るとみんな考える事は一緒なんですね…」


レイは肩を落とし、ため息混じりに呟く。


やむなく東地区を抜け、西地区の宿屋へ向かうことにした。

到着する頃には雨足もいくらか弱まっていたが、それでもまだしっかりと降り続いていた。


ようやく見つけた空き部屋のある宿は、やや古びた安宿だった。

店番をしていたのは無愛想な中年の男だったが、手続きは驚くほどスムーズだった。


「部屋は二つしか空いてないぞ。一人部屋と四人部屋だな」


「まさにそれで良いです!」


レイは即答した。


「そこ二つでいいんだな。それと厩舎は空いてるが、馬車は少し遠い場所になる。それでもいいのか?」


「全然大丈夫です。どこに止めるんですか?」


「その道を出て東地区の外壁近くまで進むと、宿屋共同の厩舎がある。

 あと、もう遅いから食堂は閉めちまった。夕食が欲しけりゃ外で済ませてくれ」


「分かりました。今日から三泊でお願いします」


「やっと宿が決まったな」


フィオナが安堵の表情を浮かべる。


「本当に、時間がかかった〜」


レイは苦笑いした。


部屋の鍵を受け取ったあと、レイたちは必要最低限の荷物を持ち、馬車を厩舎に預けに向かった。

食事はまだだったため、全員での移動となる。


共同厩舎は、宿屋から想像していたよりも遥かに遠かった。

雨の中、石畳を踏みしめながら進んでいくと、ようやく目的の建物が見えてくる。


係員は、シルバーを一目見るなり固まった。

神話の馬と見まがうその姿に、言葉も出ない様子だ。


「大丈夫です、従魔なんです」


レイが従魔票を差し出しながら、シルバーのたてがみを撫でてやると、ようやく係員は目を瞬かせた。

何とか納得したらしく、ようやく対応を再開する。


そうして無事にシルバーと馬車を預け終えると、レイたちは夜の街へと戻り始めた。


宿屋へ向かって歩いていると、道の先に歓楽街が広がっていた。


明かりの灯る看板、濡れた石畳に反射する色とりどりの光。

昼間とはまったく違う、グリムホルトのもう一つの顔がそこにあった。


街の雰囲気は一変していた。

華やかな光に照らされた通りには、酒場、劇場、賭場が軒を連ねている。


石畳に落ちた雨は街灯を映し出し、足元に幻想的な揺らめきを作っていた。


「けっこう賑やかですね…」


レイが思わずつぶやく。


「雨なのに、人は多いわね」


セリアも、傘代わりのフードを直しながら周囲を見回す。

レイたちは歓楽街を抜けながら、飲食店を探して歩き始めた。

しばらくして見つけたのは、「月影飯店」と書かれた一軒の建物だった。


木造の外観は少し古びていたが、どこか趣がある。

掲げられた提灯の灯りが、雨に濡れた軒先をほんのりと照らしていた。


「ここ、雰囲気あるかも?」


リリーが立ち止まって店を見上げた。


「飯店ということは、夕飯が食べられるのでは無いか?」


フィオナが腕を組んで、ぐぅと鳴ったお腹を押さえる。

レイが戸を押すと、きい、と静かな音が鳴り、扉がゆっくりと開いた。


中に入ると、意外にも内装は豪華で、壁には装飾が施され、香のかすかな匂いが漂っていた。

奥には個室も設けられているようだった。


「外観とのギャップがすごい…」


レイが小声で感想を漏らした。


その瞬間、一人の店員が音もなく現れた。


「五名様ですね。お客様は旅の方でしょうか? もっと静かな場所をご用意しております」


にこやかにそう言うと、予約もしていないはずの彼らを、店の奥にある個室へと案内し始めた。

個室は静かで落ち着いた空間だったが、どこか不自然な静けさが漂っていた。


アルは、個室に入る前から隣の部屋に誰かがいることに気づいていた。

かすかな話し声や物音が次第に静まり返っていく。


そのわずかな音は、レイには聞こえなかった。


食事と飲み物が運ばれてくる。見た目は豪華で美味しそうだが、サラは怪訝な表情を浮かべる。

リリーもまた、違和感に気づいていた。


敏感な嗅覚を持つ彼女たちは、ごく微かながら不自然な匂いを感じ取った。


そのとき、アルが警告を送ってくる。


(レイ、隣の部屋で誰かが眠らされ、運び去られたようです)


(マジか、それって不味くない?)


「みんな、静かに聞いて。今、アルから隣の部屋で誰かが眠らされ…」


レイは声を潜めて伝えた。


「…それ、犯罪じゃないか…」


フィオナの顔が険しくなる。


「私たちの食べ物にも何か入ってるわよ」


リリーは確信を持って言い放った。


「うそ、食べちゃった…」


セリアは驚愕した表情で自分の皿を見る。


「オレもアルから、食べ物と飲み物に睡眠薬が入ってるって聞きました。

 アルが分解しちゃったみたいですけど」


レイは頭をかきながら言う。


「便利ね〜」


リリーが感心したように笑う。


「ですね。で、アルが捕まったふりをして、敵の計画を探るのはどうか?って提案がありました」


「乗ったわ!」


リリーが即答する。

レイたちは演技に移る。もうこれ以上は飲み食いせず、警戒心を悟られないよう注意深く振る舞う。

しかしセリアとフィオナは、少し眠そうだった。薬の効果が出始めたかもしれない。


「サラさん、なんでそんなに目を爛々とさせてるんですか?」


「悪い奴らを懲らしめるニャ!」


「それじゃバレちゃいますって。寝たふりしてください」


「無理ニャ!」


「じゃあこれ、一気に飲んでください」


「仕方ないニャ」


サラは一気に飲み干し、そのままコテンと寝てしまった。


「はやっ!もう寝た!」


(レイも寝ていてください)


アルの言葉を受け、レイも眠ったふりをする。

リリーは飲み物を口に運ぶふりをして、意図的に眠るように見せた。


演技に成功した五人は、裏口から用水路に浮かべた船で静かに運び出される。

そして人気のない場所で馬車に積み込まれた。


雨はしとしとと降り続き、冷たい雨粒が肌を打つ。

完全に眠ったふりを続けるリリー以外、他のメンバーは本当に眠ってしまったようだった。


(これ、ちゃんと計画通りに進んでるのよね?)


リリーは少し不安に思いながらも、演技を続けた。

目的は、どこに連れて行かれるのか、敵の計画を探ること。


馬車が動き出すと、御者席の男が縄を持ち出し、眠っている者たちに後ろ手で縛り始めた。

レイたち五人と、他の客三人――計八名が対象だった。


街の外では、さらに数名の男たちが待ち構えていた。運ばれた馬車の中を覗き、検分が行われる。


そのとき、アルが異変に気づいた。

複数の足音が近づいてきており、拉致者たちはどうやら女性たちを狙っているらしい。


レイが男だと知られれば、計画は崩れる。


アルは咄嗟に判断し、ナノボットでレイの身体の一部を女性に見えるよう変化させた。

暗闇と慌ただしさの中、判断をごまかすには十分な処置だった。


「もう、男は要らねぇぞ、川に捨てちまいな!」

「ん?こいつ、男装してるだけで女みたいだぞ!」

「本当か?ああ、こりゃ見事に化けてるな!」

「とりあえず可愛い顔してるし、これなら問題ないな」


「じゃ、連れて行こう」


拉致者たちは、レイを女性と信じ込み、他の女性と共に古い砦へと運んでいった。


レイは深い眠りの中で、何も知らぬままだった。


到着した砦の広間には、多くの女性たちが檻に閉じ込められていた。

アルはレイの目を通じて状況を確認しながら、すでに街から砦までの経路をマッピングしていた。


彼は静かに、だが着実に、救出に向けた準備を整え始めていた。

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