第182話(分からない事が分かった)
彼らが魔法陣を修復しようとしている理由と、その行動が自分たちの目的とどう関わっているのか。
それは「封印せし者」としての務めによるものだと理解できた。
だが、その「封印せし者」についての詳しい情報は、リューエンでさえ知らなかった。
おそらくは失伝してしまっているのだろう。
そのため、彼らが本来どんな役割を果たすべきなのかは、誰にも分からないままだった。
他にも「護りし者」や「保守せし者」と呼ばれる者たちがいて、世界のバランスを保っていると言われている。
だが、その“世界の何のバランス”なのかすら失われており、まるで虫食いの書物のように断片的な情報しか残っていない。
シルバーも「封印せし者」について知っていたが、アルを通して尋ねたときの返答は途切れ途切れだった。
「…封…維持…者…危険、封…」
おそらく「封印を維持する者で、危険を封じる」という意味だと理解した。
シルバーもそれ以のことを知らないようだった。
フィオナが問いかける。
「では、そんな分からない仕事は放棄しても良いのでは?」
リューエンは逆に問い返した。
「では、なぜあなた方はあの場所に居たのですか? 迷いの森の異常を見て、それを元に戻そうと思ったのではないですか?」
確かに、シルバーの頼みがあったとはいえ、放っておけなかったのは事実だった。
レイはさらに尋ねた。
リューエンに「星間犯罪」や「外部からの脅威」について聞いてみたが、具体的な内容は教えてもらえなかった。
ただ、以前新聞屋を捕らえた件で、脅威の一部は排除されたとだけ伝えられた。
しかし、それ以外の脅威については沈黙が続いた。
一方で、こちらが脅威と感じている帝国の動きについては、「干渉になる」として手を出さないと冷たく言われた。
「なんでそんなに干渉って言うんですか?」
そう尋ねると、リューエンは淡々と説明した。
「以前、技術支援をした星で内乱が起き、滅んでしまったことがあった。それ以降、未発展文明への技術供与や内政干渉は禁止された。先進技術は文明の文化や社会構造を壊す可能性がある」
特に、技術の管理や倫理が未熟な文明では、戦争や環境破壊、社会不安を引き起こす危険が高いという。
(サラがブーツを履いた足を慌てて隠したのは、見なかったことにしよう)
フィオナは、なぜイーリスが家族を離れ、危険な任務を選んだのかを知りたかった。
その問いに、イーリスは静かに答えた。
「本当にすまない。家族を守るため、この任務を選んだ。お前たちを遠ざけたのも安全だと思ったからだ。しかし、そのせいで寂しい思いをさせてしまったことを後悔している」
フィオナが複雑な表情を浮かべるのも無理はなかった。
彼女自身も「封印せし者の一族」と判明したが、その能力について尋ねると、リューエンは「占いのようなもの」と説明した。
ただし、その占いは最初に設定した“テーマ”が全てを決める。
一度決めたテーマは変更できず、以後の占いはすべてその指針に従う。
たとえば、リューエンは「里を守るにはどうすればよいか」。
イーリスは「家族の幸せを守るにはどう動けばよいか」と念じたのだという。
その後は、占いで導かれた感覚に従って行動を選ぶ。
「右に進むべきか左に進むべきか」と問いかけ、正しい選択なら安堵が、間違っていれば不安が湧く。
――そういう仕組みだとリューエンは言った。
ただし、この力を使うたびにかなりの魔力が消費され、使いすぎれば魔力枯渇で倒れてしまうという。
フィオナが「すぐに使えるのか」と尋ねると、リューエンは首を振った。
「訓練を続ければ、数年後か、数十年後には顕現するだろう」
悠長な話だと思ったが、エルフにとってはそれが自然なのだ。
時間の流れが違う。
余談だが、一族の中には最初のテーマを「金持ちになるにはどうしたら良いか」に設定した者もいたらしい。
その者は占い師として莫大な財を得たが、人との縁には恵まれず、生涯独りだったという。
最後に、今後の危険について尋ねると、リューエンは淡々と答えた。
「封印を除けば、せいぜい自然災害くらいだろう」
帝国の企みに関しては、やはり何も語ろうとはしなかった。
彼の態度はどこか他人事のようで、里が本当に危機に陥らなければ動かないつもりのようだった。
その言葉を聞き、レイの胸に不安が広がった。
他にも封印された場所がいくつも存在するらしい。
同じような異常が起きる可能性があるのだ。
(こんなこと、オレたちだけで対処できるのか?)
レイの焦りは強まっていった。
(アル、オレはもうダメだ。何が分からないか分かっただけのような気がする!)
(レイ、確かに状況は複雑で理解しがたいことも多いです。しかし、まずは整理しましょう。迷いの森の異常を解決し、魔法陣を修復できた。それは確実な一歩です)
アルの励ましに、レイは息をついた。
その時、リューエンとイーリスの話が終わり、二人の視線がレイへ向けられた。
イーリスの鋭い目が何かを問うように見据える。
フィオナが気づき、無言で睨み返す。
短い緊張が走り、やがてイーリスは視線を外した。
イーリスはフィオナに微笑みながら言った。
「フィオナ、お父さんはお前のことをちゃんと見ている。寝ている時でもな」
フィオナは冷たい視線を返す。
リューエンが笑って言った。
「お嬢さん。その辺で勘弁してやってくれ」
二人は「四大神の加護があらんことを」と告げ、緑のフードを被って森の奥へ消えた。
フィオナはその背中を見つめ、涙ぐみながら呟いた。
「良かった…父上が生きていた」
サラが気まずそうに言った。
「良かったニャ。でもずっと煙たがってたニャ」
フィオナは涙をこらえきれず、声を震わせた。
「だって十五年だぞ。どうやって接したらいいのかも分からなかった」
セリアとリリーが寄り添い、優しく肩を抱いた。
レイも声をかける。
「良かったですね、フィオナさん」
しかし、その顔には複雑な影が差していた。
(行っちゃったな。オレ、次に何をすればいいんだろう?)
(そうですね。レイの目的は王都に向かうことでした。迷いの森の異常を解決した今、一段落ついたと言えます)
(でもさ、教会に助けを求めるどころか、それ以上のことに巻き込まれてない?)
(確かに予定外です。しかし、これまでの経験がレイを成長させました。自信を持ってください)
(オレ、強くなってるのかな?)
(もちろんです。三ヶ月前のゴブリン戦を思い出してください。あの頃とは比べものになりません)
(……そうか。三ヶ月でここまで来たんだもんな。すごい進歩だ)
(その通りです。このまま進みましょう)
「よっしゃ!やってやるぞー!」
突然の大声に、皆が驚いた。
「レイ、いきなりどうしたのだ?」
フィオナが涙を拭いながら振り返る。
「なんか不安そうだったけど、やる気が出たみたいね」
セリアが微笑み、フィオナの肩を叩いた。
「元気が出るのはいいこと。でも、まずは落ち着いてね」
リリーが笑う。
「レイ、びっくりしたニャ!すり身スティック落とすところだったニャ!」
サラが慌ててスティックを握り直した。いったいいつの間に持っていたのか。
「すみません、なんかやる気が出ちゃって。とりあえず明日の旅程を考えましょうよ」
レイは頬を赤らめながら言った。
「そうね、話し合いましょう」
フィオナが微笑む。
「もちろん」
セリアが頷く。
「了解よ」
リリーがにっこりと笑う。
「ニャ!」
サラが元気よく返事をした。
その夜、全員は宿へ戻り、翌日の計画を立てた。
王都への道のりはまだ長い。
だが、今の彼らなら、どんな困難もきっと乗り越えられると誰もが感じていた。
――ただアルを除いて。
アルの心には、拭いきれない不安が残っていた。
シルバーの使った思考言語が、アルのデータベースに存在していたのだ。
それは、スレイプニルと意思を交わせる者が、アルのいた星系にも存在していたことを意味していたことになる。アルは一瞬、レイに伝えるべきか迷ったが、混乱を招くだけだと判断した。
そして静かに、その事実を胸にしまい込んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。
⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直なご感想を残していただけると、
今後の作品作りの参考になりますので、ぜひよろしくお願いいたします。