第179話(地下空間での邂逅)
(レイ、誰かがこちらに降りてくるようです、警戒を!)
その言葉にギョッとするレイだったが、すぐに全員に声をかけた。
「誰か降りてきます!」
メンバーたちは即座に構えを取り、緊張感が張り詰める中、やがて緑のフードを被った男たちが二人、
手を上に上げながらゆっくりと近づいてきた。
その姿を見た瞬間、レイが驚いたように声を上げた。
「あっ!壺売りの占い師!」
その言葉に、男が眉をひそめて反論した。
「誰が壺売りだよ、そんなもん売ってねぇよ!」
だが、すでにフィオナは彼に向かって駆け寄っていた。
「フィオナさん、危ない!」
レイが叫ぶが、フィオナは立ち止まらない。
躊躇なく緑のフードをはね上げ、その男の顔を露出させた。
露わになった顔には長い耳があり、精悍な印象を受ける顔つきだった。
だがその表情は、ふにゃりと崩れる。
何が起きているのか理解できず、メンバーたちは揃って息を呑んだ。
誰もがその素早い行動に目を奪われていた。
「父上っ!」
フィオナの叫びに、メンバーたちはギョッとする。
えっ、この人が――フィオナのお父さん?
「フィオナ、やっと会えたぞ! お父さん嬉し……」
バシィ!
言葉の途中、フィオナの平手が父の頬を勢いよく打った。
「グビャラッ!」
情けない声を上げて、男は吹っ飛んでいった。
突然の展開に、場の混乱はさらに深まる。
「このバカ父上! 十五年だぞ、十五年! なにが『やっと会えた』だ! どれだけ探したと思って……!」
声を荒げながらも、フィオナの目には涙が浮かぶ。
こらえきれずに、その場に泣き崩れてしまった。
父親はどうしていいか分からず、うろたえる。
「フィオナ、すまん。色々事情があって……」
言葉を絞り出すように謝るが、フィオナの涙は止まらない。
そのとき、もう一人のフード姿の男が、静かに声をかけてきた。
「驚かせてしまって申し訳ない。少し話をしたい。……武器を下ろしてもらえないだろうか?」
レイは一瞬警戒を緩めることを躊躇したが、フィオナの涙を見て決心した。
「あ、そうですね。それと、フードも外してくれると、もう少し安心できます」
そう言いながら、セリアはさりげなく仲間たちに目配せをし、少しずつ構えを解かせていった。
「ああ、そうだな」
応じた男は、ゆっくりとフードを外す。現れたのは、歳を重ねた精悍なエルフの姿だった。
その男はフィオナの父、イーリスに視線を向けながら、静かに口を開いた。
「……色々と話すと長くなるが」
一息置いて、言葉を続ける。
「ここへは、その魔法陣の修復のために来たのだが――どうやら、お前たちの方が先にたどり着いたようだ」
視線をこちらに向けたまま、淡々と語る。
「そして、その男はイーリス。間違いなく、そこのお嬢さんの父親だ。ただ、イーリスも好きで失踪したわけではない。我々と共に、この星を守るために行動していた。それを、どうか理解してやってほしい」
声に、わずかな苦悩が滲んでいた。
「……我々の持つ力はな、家族と顔を合わせるにも時と場所を選ばねばならぬ。厄介な力であり、時に恐れられるものでもある」
短く息を整えると、彼はさらに続けた。
「封印が弱まりつつあると察した我々は、星……いや、里に迫る危機を感じ取り、この場所に辿り着いた。どうやら原因は、ここにある魔法陣らしい」
彼は辺りを見渡し、静かに語る。
「弱っているとはいえ、この魔法陣は周囲の空間やエネルギーを歪め、外部からの干渉を防ぐ盾のような役割を果たしている。外からの監視の目も防げる……だから、顔を合わせても大丈夫と判断して、ここへ来たのだ」
レイがその言葉に反応し、少し前に出て尋ねた。
「その力って、何なんですか?」
老エルフは一瞬ためらうように視線を落としたが、やがて静かに話し始めた。
「それは、封印せし者に代々受け継がれてきた“先読み”の力だ。しかし、長い年月が経つうちに――
その力の使い方や、なぜ使えるのかという秘密は、徐々に忘れ去られてしまった」
しばし言葉を選ぶように間を置いた後、彼は続けた。
「正直に言えば、我々にもその真意は分からん。ただ、この力が顕現すると、“何かをしなければならない”という焦燥感に襲われる。それだけは確かだ」
フィオナの父であるイーリスは、懸命に弁解しようとした。
「焦燥感に襲われたんだよ、何かしなきゃならないって……それも、お前たちを守るために……!」
だが、フィオナはそのたびに視線を逸らし、なかなか話を聞こうとしない。
イーリスの言葉は、届きそうで届かないままだった。
その様子に、レイは少し困った顔を浮かべながら話題を変える。
「あの、色々聞きたいことがあるんですけど……その魔法陣って、直せるんですか?」
老エルフは頷き、懐から何本かの精巧な金属製の容器を取り出した。
「うむ。そのための準備はしてきた」
そして、その容器を魔法陣の横に慎重に並べながら、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はリューエン。昔、この国の東にあった里に住んでいた者だ。今では、湖になってしまったがな……」
その言葉に、セリアが興味深そうに尋ねた。
「それって、東部神殿のある湖のことですか?」
リューエンは驚きながらも感心したように目を細めた。
「ほう、若いのによく知っておる。あそこは昔、エルフの里があったんだ。だが、ある出来事によって里が消失する前に、私たちは移住することができた」
そう語ったあと、ふっと笑みを浮かべて続けた。
「ただ、私はその新しい里には行っていないのだがな…」
その言葉に、フィオナが思わず尋ねた。
「それが今の里なんですか?」
リューエンは頷き、静かに答えた。
「ああ、そうだ」
彼の自己紹介が一段落すると、レイたちもそれぞれ簡単に名乗りを済ませた。
すると、リリーが素朴な疑問を口にした。
「封印せし者とは、何なのですか?」
リューエンは深く息をつき、少しの沈黙を挟んでから話し始めた。
「私もすべてを知っているわけではないが……この世界には、三つの役割が与えられた者がいたそうだ。
護りし者、封印せし者、そして保守せし者。彼らはそれぞれの使命を持って、世界のバランスを保つ存在だったと伝えられている」
そこで一度言葉を切り、周囲をゆっくりと見渡した後、再び口を開いた。
「しかし、長い年月が経つうちに、その使命や意義は次第に忘れ去られてしまった。封印せし者とは、この世界に眠る過去の遺産が悪用されないよう、封印を施す者だと伝えられている。そして、その役割に従い、私はこの場所にやって来たのだ」
そう語ると、リューエンは静かにフィオナの方へ視線を向けた。
「その封印を施す者の中には、フィオナさん。君と、君の父であるイーリスも含まれているんだよ」
そう告げると一息つき、落ち着いた口調で続けた。
「少し長話をしてしまったな。この魔法陣の修復に取り掛かりたいのだが、三人いれば作業も早く済むだろう。
修復以外の準備も、この人数がいれば効率よく進められる」
フィオナは、自分がその対象であると悟ったのだろう。戸惑いの色を浮かべながら、かすれた声で答えた。
「私にはできない。そんなこと……やったことがない」
だが、リューエンは優しく微笑み、冗談めかして言った。
「なに、簡単なことだ。最後に修復した箇所に魔力を流せば良いのだよ」
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