第176話 第六章(王都へ出発)
第六章です。重要なことがいくつか出てくるのですがちゃんと描き切れるか心配しながらスタートです。
「えっと、忘れ物ないですよね?」
「それを思い出せたら、忘れ物しないわよ」
セリアが冗談めかして答える。
「まぁそうなんですが、話が終わっちゃうじゃないですか、セリアさん」
「でも、もう準備は万全よ。ランベール司祭からデラサイス大司教への紹介状ももらったし、推薦状もセリン子爵とファルコナー伯爵の、二人分そろってるしね」
リリーが淡々と確認する。
「後はこれですね」
そう言って、レイが取り出したのはセリンの旗だった。
セリンの旗は、セリンナスの花を中央に、背後に盾と剣を配したデザインで、知恵と勇気を象徴していると子爵が説明していた。
「ああ、それは馬車に付けておくように言われてたな」
フィオナが思い出すように呟く。
「じゃ、あまり汚れないように御者席の後ろに付けておけば良いでしょうかね」
そう言いながら、レイは御者席の背もたれにセリンの旗を固定した。
「保冷庫が大きいのに、すり身スティックが少ないニャ……」
サラが少し不満げにつぶやく。
「それは、どうにもなりませんって!」
レイが苦笑いで返すと、シルバーの鼻先に手を伸ばした。
「じゃ、出発します! 行くよ、シルバー!」
シルバーは馬車の中に人がいるのを気遣ってか、普段のように飛び出すような加速をせず、静かに走り出した。
もっとも、その「静かさ」が長く続かず、すぐに波の馬とは比べものにならないスピードで進んでいくのだが。
ちょうど前方にシルバーホルム行きの馬車が走っていたが、あまりのスピードの違いであっという間に抜き去ってしまった。向こうの御者は驚いた様子で、目を見開きながらレイたちの馬車を見送っていた。
「こんなに早く進んでるのに、揺れも少ないし快適だわ!」
リリーが感嘆の声を上げた。
レイが手綱をしっかり握りながら、声を弾ませた。
「このペースだと、今日中にリーフ村まで行けちゃいそうですね」
すると後ろから、少し驚いた様子のフィオナが声をかける。
「これは少し旅のペースをずらさないと、予定よりかなり早くなりそうだな」
セリアは窓の外を眺めたまま、感心したように呟く。
「シルバー、すごいわね。さすがスレイプニルだわ」
その横で、サラがくすっと笑いながら軽口をたたいた。
「本当ニャ。早馬よりも早いんじゃニャいか?」
「そうね、今日はリーフ村で良いとして、明日からの旅程を見直さないとダメかもしれないわね」
「そうですね。セリアさん。なぁアル、なんか良い手はない?」
レイが問いかけると、アルが冷静な声で応じた。
(レイ、現在のシルバーの速度は、通常の馬車の三倍に達しています。このままのペースで進めば、二日分の行程を一日で消化することが可能です。日程を半分に計算しても問題なく到達できるでしょう)
レイはアルの提案に驚きながら、ぼやくように言った。
「普通の馬車の三倍?! 二日分を一日で…ってことは、ちょっとした長旅がすぐ終わっちゃうな」
それでもアルの言葉に頷き、少し困惑した表情で手綱を握り直す。
「なるほど…日程を半分か。それも考えておかないといけないか」
その時、シルバーが突然、地を蹴るようにして速度を上げた。
レイは反応しきれず、思わず「うわっ」と声を上げる。
「シルバー、どうしたんだ?」
シルバーは「ヒヒィン!」と高らかに鳴きながら、さらに速度を上げていく。
その速さは、もはや普通の馬車の三倍どころではなかった。
馬車の中でも異変に気づいたようで、フィオナが不安そうに窓の外を見ながら声を上げる。
「どうしたのだ、シルバー?」
そのままシルバーは、大街道を一直線に駆け抜けていった。
普段ならもっと時間がかかるはずの道のりを、ただ一直線に、迷いもなく突き進んでいく。
誰もが驚きと戸惑いを抱えたまま、揺れる馬車に身を任せているとようやく、遠くにリーフ村の屋根が見えてきた。
やがて村の入口が近づくと、シルバーはようやく減速し、村の前でぴたりと止まった。
だが、その場でしきりに体を捻る様子に、レイは首をかしげる。
「馬具を外して欲しいのか?」
レイはシルバーの意図を察しながら、そっと馬具に手をかけた。
フィオナも眉をひそめて、シルバーの様子を注視する。
「変だな、シルバーがこんなに嫌がるなんて…」
セリアも窓から身を乗り出し、不安そうな声を上げた。
「さっきから、なんだか落ち着きがないわよね」
みんなが訝しげにシルバーを見守る中、サラの耳がピクリと動いた。
「ニャ…迷いの森で、何かが起きてるニャ!」
その声には、いつになく張り詰めた緊張が滲んでいた。
リリーはその異変に気づき、思わずサラの顔をのぞき込む。
「何かあったの?」
サラはピンと立った耳を動かしながら、小声で答える。
「迷いの森で、今まで見たこともニャい白い熊の魔物とか、白い狼の魔物が出たそうニャ!」
どうやら、迷いの森に向かっている冒険者たちの会話を聞き取ったらしい。
その言葉を聞いた瞬間、レイの目が見開かれる。
「……それで、シルバーは急いでたのか」
問いかけると、シルバーは「ヒヒィン!」と力強く鼻を鳴らして応えた。
「分かった、待ってろ!」
レイはすぐに手綱を解き、馬具を外しにかかる。
馬具が外れるやいなや、シルバーは素早く動き出した。
まっすぐフィオナのもとへ駆け寄ると、彼女の袖を口にくわえて、ぐいと引っ張った。
「どうしたのだ、シルバー?」
フィオナは少し面食らったようにシルバーを見つめたが、動こうとはしない。
すると、今度はシルバーがレイの方へ向きを変え、同じように彼の袖を噛んで引っ張った。
「これ……みんなに着いて来てって言ってるよね」
レイがそう言うと、仲間たちも口々に頷いた。
「シルバー、準備するから少しだけ待ってて」
レイがそう言って手を軽く上げると、シルバーはようやく納得したように足を止め、その場で静かに佇んだ。
人の言葉を理解しているかのような落ち着きぶりに、一同はただ驚くばかりだった。
レイたちはリーフ村の宿で急いで部屋を取り、馬車を預けた。
簡単に身支度を整えると、シルバーの先導に従い、迷いの森へと足を踏み入れていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
第六章です。やっと旅立ちます。
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