第174話(馬車の試乗会)
シーサーペントのオークション落札価格の予想を聞いたレイは、衝撃でしばし言葉を失った。
それでも気を取り直し、メンバー全員で金貨を出し合って、ついに馬車を引き取りに行くことに決まる。
鍛冶屋の工房に再び足を踏み入れたレイに、職人たちが口々に声をかけた。
「大丈夫だったか?」
「無理してないか?」
「だ、大丈夫です。と、とりあえず馬車を引き取りに来ました」
全然大丈夫そうではない声でレイが返す。
その視線の先には堂々と鎮座する豪奢な馬車。
繊細な模様が外装に刻まれ、光を受けてガラス窓がきらりと輝いていた。
セリアが目を見開き、感嘆の声を漏らす。
「これがそうなのね…なんか、すごく綺麗」
「カッコいい馬車じゃないか」
フィオナも目を細めて見入っていた。
「すごいニャ!」
サラはしっぽをピンと立てて叫び、リリーも驚いたように眉を上げる。
「ガラス窓まであるの? 贅沢ねぇ」
女性陣は、皆そろって馬車に目を奪われていた。
「おお、嬢ちゃんたち、分かってるじゃねぇか!」
ひとりの職人が得意満面で口を開く。
「昨日な、兄ちゃんに説明しようとしたんだが…ふらふらしながら出てっちまってよ。
今日はちゃんと聞いてってくれよな!」
そして、得意げに解説を始めた。
「馬車のフレームは、鉄とマドウ鋼の合金。軽くて強くて、しかも錆びない!」
「へえ、そんなに強いんですね」
セリアが興味深そうに応じると、職人はさらに熱を込める。
「フレームの設計は、力強さと曲線美を両立させた! 車軸は一本多い前二輪・後四輪仕様。
重量が分散されて、抜群の安定性よ!」
「なるほど、確かに安定感がありそうだな」
フィオナも頷いた。
「さらにだ!」
職人は指を掲げる。
「フレームは湾曲させてあってな、車軸からの衝撃を吸収するようになってる。
しかもダブル車輪採用! 悪路でも安心!」
「すごいニャ、そこまで考えて作られてるニャ!」
サラが瞳を輝かせて言った。
ガラス窓は広く、視界が開けている。
中を覗けば、座席にはスケイルリザードの一枚革。しなやかで頑丈なその素材は、座り心地も抜群だった。
その下には荷物収納スペースがあり、旅の利便性も申し分ない。
「見てください、これがフロストスライムの保冷庫です!」
別の職人が胸を張って見せたそれを、リリーが笑顔で見つめる。
「これは大きくていいわね。旅の間も食材の鮮度を保てるなんて、素晴らしいわ」
「すり身スティックいっぱい入るニャ!」
サラがしっぽをぶんぶん振って大はしゃぎだ。
次々と上がる賛辞の声に、職人たちは口元をほころばせて満足げに馬車を見つめていた。
そんな中で、レイはひとり、ふと不安げに呟いた。
「でも……シルバーがこれ、引けるのか?」
「さあ、実際に試してみようじゃないか!」
職人の声が弾む。
馬車は工房の外へと引き出され、レイはシルバーを繋ぎ終えた。
シルバーは前足を小刻みに動かし、今にも走り出したくてたまらない様子だった。
「シルバー、準備はいい?」
そう問いかけるや否や――
ドンッ!
砂煙を巻き上げ、馬車が一気に加速する。
「うわあああああっ!」
手綱を必死に握りしめるレイ。
後方で、職人たちが叫んだ。
「マジかよ!」
「こんなに速いのかっ!?」
シルバーは地を蹴るたびに風を生み、馬車はそれにぴたりとついていく。
重量を感じさせない滑らかな走りだった。
「す、すっげ……!」
レイはただ呆然としたまま、視線を前方に向ける。
その先に――
「やば、段差! シルバー、そっちは危ない!」
叫んだものの、もう遅かった。
シルバーはそのまま段差へと突進していく。
全員が息を飲む。
だが――馬車は何事もなかったように、ひょいと段差を飛び越えた。
レイは固まったまま、まばたきすら忘れていた。
やがて、スピードが徐々に落ち、馬車は静かに停止する。
その瞬間、職人たちが一斉に歓声を上げた。
「おおおっ!」
「壊れなかったぞ!」
「俺たちの技術、最高だぁあああっ!!」
抱き合う者まで現れ、現場は一時騒然となる。
レイたちは、こうして馬車を無事に引き取り、セリンへの帰路についた。
「早く乗ってみたい!」
「次の休憩のときに乗るからね!」
そんな声が飛び交う中、レイは苦笑して呟いた。
「でも、誰も乗れないよね。みんな馬で来てるし」
振り返ると、馬車は誰も乗せぬまま静かに揺れている。
とはいえ、皆が次の機会を楽しみにしている様子だった。
そのとき、サラが乗った馬がにじり寄るように横へ出てきた。
まるで「先に着くニャ」とでも言いたげに、ちらりとレイを見やる。
そして――
「うおっ、ちょっ、シルバー待ってっ!」
競りかけてきた気配に反応したのか、シルバーの脚が一気に加速した。
レイの叫びも虚しく、馬車は弾かれるように走り出す。
その動きに驚いた馬たちが道を譲り、レイだけが風とともに遠ざかっていった。
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