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第173話(二度の衝撃)

早朝。レイはシルバーにブラッシングをしながら、昨日安く売ってもらった野菜や果物をたっぷり食べさせていた。シルバーが満足そうに鼻を鳴らすのを見届けると、レイはいつものように魔力鞭の訓練を終え、リリーの家へと戻った。


ファルコナーには、しばらく来られないかもしれない。

そう思うと、小島の冒険に行けなかったことが少し心残りだった。


家に入ると、レイは軽く手を上げた。


「おはようございます」


今日はレストランで朝食を取ることになっていた。

全員が席に着くと、レイは周囲を見渡しながら訊ねた。


「ファルコナーでやる事は終わりましたよね。他に何かありましたっけ?」


セリアとフィオナが顔を見合わせた。

どうやら、トマトゥルの株を探してくれていたようだった。


「そうでした! 忘れてました……」


思わず頭を下げると、二人は笑って首を振った。


「気にしないでくれ」

「探してみたけど、結局見つからなかったしね」


レイがほっと息をついたところで、リリーが鞄から一通の封筒を取り出した。


「これ、伯爵様から預かってきたわよ」

伯爵の推薦状だった。


「それ、リリーさんに預かってもらえますか?」

「もちろん、任せて」


そこへ、サラが勢いよく声を上げた。


「すり身スティックも買っていくニャ!」


その一言で、レイは苦い記憶を思い出した。

前に来たとき、フィオナのバックパックに詰めていたすり身スティックが、ほとんどサラに食べられていた――。


思い出して、苦笑が漏れる。

と、フィオナがふと真剣な表情になった。


「レイ、王都へはどのルートを取るつもりだ?」


レイは少し考えてから答える。

「行きはリンハルトを経由して、川を渡って王都に入ろうかと。川のリスクはありますが、一番使われてるルートですからね」


フィオナは頷いた。

「確かにそれが無難かもしれんな。ただ、この時期は川の増水には注意しないとならない」


レイは肩をすくめて笑う。

「だから帰りは、エルトニアとミストリアを回って……フィオナさんの実家にも寄っていこうかなって思ってます」


フィオナは一瞬驚いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「ありがとう。感謝する。実家に寄ってもらえるなら、久しぶりに母にも会える」


一方、レイの心には、別の心配事があった。

それは――馬車だった。


パーティでの移動を考えると、王都へは馬車で向かうのが最も現実的だと判断していた。

しかし、シルバーの力を考慮すると、普通の馬車では到底引かせることができない。

そのため現在、鍛冶屋に特注で馬車を依頼していたが、それが完成しない限り出発はどんどん遅れてしまうことになる。


馬車を発注してから、すでに二週間が経過していた。

レイは、他のメンバーには先にセリンへ向かってもらい、ひとりで鍛冶屋の工房を訪れた。


そして、工房の奥に入った瞬間、思わず立ち止まった。

そこには、どこかの貴族でも使いそうなほど豪奢な馬車が、堂々と鎮座していたのだ。


「……これ、俺が頼んだ馬車、だよな……?」


豪華すぎる外見に圧倒されつつも、レイは手応えを感じた。

――これなら、シルバーも文句なしに引ける。そう確信した。


だが次の瞬間、鍛冶屋が申し訳なさそうに放った一言が、彼の期待を木っ端微塵に打ち砕いた。


「金貨百枚だ……」


その瞬間、レイは静かに壊れた。


どの道を通って戻ったのかも分からぬまま、レイは宿に戻り、無言で部屋に入っていった。

その異様な様子に、メンバー全員があたふたと心配し始める。


リリーが診察しても原因は不明。

フィオナが困ったように呟く。


「何かあったのか…?」


アルはレイの異変に気づいていた。

けれど、黙って様子を見ていた。いつものように、彼なりの“学習の時間”として。


……が、しばらく観察したのち、ようやく判断を下した。


(戻ってこない。そろそろ限界ですね)

軽く脳に刺激を送る。ピリ、とした電流にレイが跳ね起きた。


「馬車が金貨百枚なんです!」


沈黙。


宿の宿泊代でさえ銅貨四十枚に悩むレイの性格を知っている全員が、静かに納得する。


「ああ、それで壊れてたのか…」


呟いた誰かの声に続いて、レイが訴える。


「どうしたらいいんですか!? そんなお金、どこにもないですよ!」


リリーが静かに口を開いた。

「それはレイ君が負担するものじゃなくて、パーティで払うものよ」


「当たり前だろう。レイ一人が乗る馬車ではないのだから」

フィオナの一言に、皆もうなずく。


それでもレイの動揺は収まらない。


「みんな、なんで平気なんですか!? 金貨百枚なんですよ!? 一人二十枚ですよ!?」


セリアが優しく微笑んだ。

「レイ君、落ち着いて聞いてね。たぶん、ファルコナーで倒したシーサーペントのオークション価格が出れば、その馬車、五十台は買えると思うの」


「馬車五十台…!」


レイの目が見開かれ、再び固まる。

「ふっ……五十台……」


今にも崩れそうな笑みとともに、レイの意識が揺らいだ。


リリーがぽつりと呟く。

「セリア、それ十年以上前の落札価格でしょ?今はもっと高くなってるはずよ」


「でも、もうこれ以上インプットできなくなっちゃったわね…」

セリアも、完全に処理能力をオーバーしたレイを見ながら、そっと呟いたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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