第172話(リーダーの条件)
王都までの船代の情報も入手し、ファルコナーでの用事もひと通り終えたメンバーは、それぞれの役割に応じて動いていた。
そんな中、レイだけはというと――
呼び捨ての練習をしていた。
事の発端は、ギルドから帰ってきたフィオナに対し、レイが思わず口にした一言だった。
「お帰りなさい、フィオナさん」
それを聞いたフィオナが勢いよく指摘した。
「レ、レイ! 戦っている緊急時に『さん』なんてつけてたら、その分、対応が遅れるだろう!
なぁ、セリア殿――いや、セリア!」
「そうね、『さん』付けはパーティには不要よ。普段から呼び捨てにしておかないと、いざという時に
呼び慣れてなくて混乱するもの。フィオナさん――じゃなくて、フィオナ!」
「うむ、なので! 普段から敬称なしで呼び合うことを推奨する、レイ!」
「さん付け禁止よ」
二人の願望がだだ漏れだったのはさておき、レイは戸惑いながらも応じた。
「わ、分かりました! フィオナさ……フィオナ! セリア!」
「まだね! もっと自然に呼べるようになるまで練習よ、ほら、呼んで!」
「私もだ! 呼び捨て特訓、覚悟しろ!」
顔を赤らめながら詰め寄る二人。レイは心の中で叫んだ。
(なんでこんなことに……)
半信半疑で練習を続けていると――店の方から扉の開く音がした。
「ただいまニャ~」
現れたのはサラだった。
「お帰りなさい、サラさん!」
レイが思わず言ってしまった瞬間、サラが目を丸くする。
「三人で何してるニャ?」
「えっと……呼び捨ての練習?」
「??何ニャ?」
レイが言い訳を続けようとしたところ、フィオナがサラを手招きした。
「サラ、こっちへ」
二人は何やらこそこそと話し始める。聴覚強化すれば聞こえるだろうが、レイはあえて我慢した。
(プライベートは大切だからな……)
やがて話が終わり、サラが悪戯っぽくニヤリと笑った。
「さっき『お帰りなさいニャさい、サラさん』って言ったニャ! 不合格だニャ、少年!」
「うっ……ああ、今のはつい……!」
レイは顔を赤くして言い訳するが、サラは楽しそうに笑っていた。
その時、レイがふと思い出したように尋ねる。
「サラさん、前から聞こうと思ってたんですけど、なんでオレのことは“少年”なんですか?」
「また『さん付け』したニャ、少年! そうやって、夢中になると他を忘れちゃうのは、
少年のように心が純粋だからニャ! だからいつまで経っても、少年なのニャ!」
その言葉に、フィオナが笑いを漏らした。
「確かに、レイは時々子供っぽいところがあるな」
セリアも頷く。
「でもそれが可愛らしいのよ」
「オレ、そんなに子供っぽいかな……」
レイが不満げに呟いたその瞬間、サラの耳がピクッと動いた。
「ニャッ!」
その直後、店の扉が開いた。
「ただいまー」
帰ってきたのはリリーだったが、何やら後ろを気にしている。
「リリ姉、どうしたの?」とセリア。
「今、店に入ろうとしたら、市場の方から何かが倒れる音がしたのよ」
(レイ、市場の方で箱が何個も倒れたようです)
アルの声が頭に響く。
(怪我人は?)
(今のところ、倒れる音しか拾えていません)
(じゃあ、見に行こう)
レイは即座に決断し、仲間とともに市場へと向かった。
現場に着くと、果物や野菜の箱が将棋倒しになり、あたり一面に散乱していた。
「怪我人とか出てませんか? もし怪我してる人がいたら、すぐ知らせてください!」
レイは周囲に声をかけた。すると、腕を擦りむいている女性が目に入った。
「リリーさん、怪我を見てあげて!」
「任せて!」
リリーが女性の元へ駆け寄る。
「この箱、潰れてるわね。中身もグチャグチャ」
セリアが状況を報告すると、レイは素早く指示を出した。
「サラさん、他の店から空き箱を探してきてください!」
「了解ニャ!」
「フィオナさん、セリアさん、そっち側を持ってくれますか?」
「任されたわ!」
「了解だ!」
二人が息を合わせて作業を始める。
セリアとフィオナは、リーダーとしてテキパキと動くレイの姿に思わず顔を見合わせ、微笑みあった。
(…あの子、本当に成長してる)
レイはそんな二人の様子には気づかず、散乱した野菜の整理に集中していた。
周囲に目をやると、野次馬のように立ち尽くしている人々が目に入る。
(……今、動いてもらえればもっと早く片付く)
一瞬ためらった後、大きな声で呼びかけた。
「すみません! 皆さん、ちょっと手を貸してもらえませんか?」
一瞬、静まり返る市場。
レイは続けた。
「みんなで協力すれば、きっと早く片付きます! お願いです、手を貸してください!」
しばらくの沈黙の後、少しずつ人々が動き出す。
最初はおそるおそるだった手が、やがて活気ある動きに変わっていった。
戻ってきたサラが運んできた空き箱に、次々と野菜や果物が詰められていく。
その時、一人の中年男性がレイに声をかけてきた。
「すみません、ご協力いただきありがとうございます」
「えっ、あの……こちらこそ」
戸惑いながら頭を下げるレイに、男性はにっこりと微笑んだ。
「助かりましたよ。本当に」
「いえ……みんなでやったことですから」
周囲からも感謝の声が飛び交う。
「ありがとう!」
「助かったよ!」
レイは照れくさそうに、けれど誠実に答えた。
「えっと……ありがとうございます」
やがて、散乱していた野菜や果物はすっかり片付き、市場には穏やかな空気が戻った。
「本当にありがとうございました!」
レイがもう一度深く頭を下げる。
その姿を見て、サラがそっと呟いた。
「心が純粋ニャ……でも、それだけじゃない。リーダーの条件が備わってるニャ……」
その言葉に、仲間たちは静かに頷きながら、レイの背中を温かく見守っていた。
――彼はまだ気づいていなかった。
自分が、確かにリーダーとして歩み始めていることを。
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