第170話(秘密の小島)
レイたちは漁船でシーサーペントを曳航し、港へ戻ってきた。
だが、到着するやいなや、港は大騒ぎとなっていた。
漁船の背後に、巨大なシーサーペントが迫っているように見えたらしく、
人々はパニック状態に陥っていたのだ。
レイたちは、集まってきた群衆に状況を説明し始めた。
その最中、ファルコナーの冒険者ギルドのギルドマスターとジャレンが、血相を変えて港に駆けつけてきた。
どうやら「シーサーペント出現」の報せを受け、慌てて駆けつけたらしい。
港の騒ぎが収まりきらないうちに、ギルドマスターとジャレンはレイに向き直った。
「すぐにギルドに来てくれ」
レイは、どこかで見たような展開だなと思い返す。
すると、すかさずアルの声が頭に届いた。
(オークジェネラルの時に、セリンのギルドマスター室へ行きましたね)
そう言われ、レイは当時の出来事を思い出す。
「この三ヶ月ですごく濃い生活をしてるなぁ……」
思わずそんな感想が口から漏れそうになるレイだった。
レイがギルドマスターと話をしているときだった。
昨日、聖者であるレイを護衛していた男が、たまたま野次馬の中にいて、レイを見つけた。
男は驚いたように声を上げた。
「……あれ、聖者様? なんでシーサーペントのとこに来てるんだ?」
その言葉に、隣にいた冒険者が反応する。
「あの兄ちゃんが聖者なのか?」
それをきっかけに、周囲の人々の間でも次々と憶測が広がっていった。
男の声が引き金となり、港の空気が一気にざわめき始める。
「聖者様がシーサーペントを倒したんだってよ!」
「すげぇな、あんなでかい魔物を一人で倒せるもんなのか?」
「だって聖者様だぞ。天誅とかあるんじゃないか?」
港中がその話題で織り上がり、期待と興奮の声が飛び交った。
レイが冒険者ギルドに到着すると、さっそく色々と事情を聞かれた。
他のメンバーはただ船に乗っていただけだったため、自然とレイが答えることになった。
(ありのままに話して、爆発のところだけシラをきれば良いんじゃないですか?)
アルにそう言われ、レイは素直に従うことにした。
「小島に行く途中、漁船がシーサーペントに襲われて、海に落ちました。でも、腹の中でファイヤーボールを撃ったら、すごい爆発が起きて、口の中から放り出されました。なぜファイヤーボール一発でシーサーペントが仕留められるほどの爆発が起きたのかは、オレにも分かりません」
端的にそう答えたレイに、ギルドマスターは少し考えてから質問した。
「シーサーペントを狙っていた訳ではないんだな?」
慌ててレイは弁明する。
「そんなの狙ってませんよ。あんなのが居ることすら分かりませんでしたから」
それで話は収まったが、ギルドマスターは改めて理由を説明した。
「実はな、シーサーペントを狙って返り討ちにあい、逆に港まで引き込まれた事があってな。港は壊滅、船も何もかもひっくり返されて大惨事だ。だから冒険者には口を酸っぱくして言っているんだ。シーサーペントは災害そのものだとな。とにかく無事で良かった」
しばらく沈黙が続いたあと、ギルドマスターがぽつりと口を開いた。
「そういえば最近、小島に行く者が減ったな。漁師も、船の故障や急な天候不良で引き返すって話が増えてきている。偶然かもしれないが……」
ジャレンも静かに頷く。
「そうですね。あのあたりに近づかなくなった漁師も多いです。“なにかあるんじゃないか”って、噂になってます」
ギルドマスターはレイたちを見やって話題を切り替えた。
「で、どうするんだ? Aランク魔物だと、素材はオークションにかけるのが通例だぞ」
「えっ、Aランク!?」
思わず声を上げたレイに、ギルドマスターは苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「なんだ、それも知らずに海に飛び込んだのか? 恐れ知らずだな」
「いや、セリアさんが落ちたので、助けに入っただけで……」
レイが視線を逸らしながら答えると、ギルドマスターは大きく息を吐いて天井を仰いだ。
「返り討ちに遭って、港まで流されてたら洒落にならんぞ。あんなのは、狙って戦う相手じゃないんだ。今回は運が良かったな、で、素材はオークションで良いな?」
「はい、よろしくお願いします」
買取を頼むつもりだったレイは、黙って素材を引き渡した。
***
ギルドを出た一行は、街の通りを歩きながら会話を交わす。
「さっき勝手に俺が代表で話しちゃいました。すみません」
レイがフィオナたちに頭を下げる。
フィオナは軽く肩をすくめた。
「いや、別に構わない。そもそも私たちは何もしていないからな」
すると、セリアが慌てた様子で割って入る。
「えっ、まさか報酬を等分にするって考えてたの? 私たちレイ君に助けられただけで何もしてないのよ?」
「いやいやセリアさん、そもそもこのパーティで小島に行こうって言ってたんだから、これはパーティで等分するのが筋だと思うんですが」
リリーもさらりと言う。
「そうね。レイ君がパーティリーダーだからね。リーダーの言葉には従うわ」
「ちょ、俺リーダーじゃないって!」
「じゃあ、多数決で決めようか。レイがリーダーだと思う人は挙手!」
即決だった。全員の手が一斉に挙がる。
「満場一致でリーダーはレイね!」
「ええぇ……?」
リリーが楽しそうに言った。
「じゃあ交渉はセリア、財務はフィオナ、医療は私、探索はサラね」
「それでいいニャ」
フィオナも静かに肯定する。
「任されたわ」
レイはがっくり肩を落とした。
「結局、他勢に無勢……」
リリーが軽やかに笑って声を上げた。それに続いてみんなが声を上げる。
「じゃあ今日は、無事の帰還とパーティ結成を祝おう!」
「無茶しすぎだぞ、リーダー!」
「頑張ってね、リーダー!」
「お魚が食べたいニャ、リーダー!」
「はいはい、わかってますって……」
なんでこうなるんだよ……と思いつつ、レイは笑いながら皆の後を追った。
***
sideイーリス
「ハックション、チクショウめ〜、誰か噂してるのか?」
隠蔽された宇宙船でファルコナー沖を航行していた、イーリスは、ついさっき一仕事を終えたばかりだった。
イーリスの心中には、深い焦りと不安が広がっていた。
「あの漁船の奴ら、大丈夫だったよな?死んでないよな」
まるで自分がけしかけたかのように呟く。
実際、イーリスは、何故か封印が緩んでしまった今、あの小島を探られると家族に不幸が訪れるのではないかという強い恐れを抱いていた。
その恐怖は彼を突き動かし、何としてでも小島の秘密を守ろうと決意させていた。
「リューエンの爺さん、早く原因を見つけてくれ…」
焦る気持ちを必死に抑えつつ、心の中で祈るように願った。
最悪の場合、シーサーペントをけしかけて脅そうと考えていたが、船がまさかシーサーペントの進む方向に舵を切るとは思わなかった。今回ばかりは、船がその行動をとった瞬間、家族に不幸が訪れる予感がして、焦りながらシーサーペントを攻撃しようとした。
「天候操作ばかり使えないし、船を直接攻撃するのも気が引ける…」
イーリスはぼやきながら、再び宇宙船のコントロールパネルに目を戻した。
「それにしても、シーサーペントを片付けちまうとは思わなかった。誰だか知らんけど、スゴい奴だったな…」
「しかし今回も、先読みに振り回されっぱなしだ…何が正しいんだよ…」
二転三転する自分の力に嫌気が差し、イーリスは苦々しい思いを抱いた。
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