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第169話(深海の巨獣)

小島へ向かう前、レイは厩舎に立ち寄り、シルバーに「小島に行ってくる」と告げた。

シルバーは耳をピクリと動かし、不機嫌そうにレイを睨む。


「……そんな顔しないでよ。ちゃんと市場で野菜買ってくるから」


レイが宥めると、シルバーは鼻を鳴らし、ようやく視線を逸らしてくれた。

船が小型の漁船しかなく、シルバーを乗せられないのだ――レイは後ろ髪を引かれつつも港へ向かった。


「……往復で銀貨八枚だ!」


漁船の船長が提示した額に、レイは凍りついた。


「八枚!? それ、けっこう痛いですよ!?」


しかしすかさず、リリーが懐から銀貨を取り出し、音を立てて船長の手に渡した。


「いいのよ。これは伯爵が支給してくれた遠征費だし」


「え、それって……お給料じゃないんですか?」


「ううん、“同行するだけで支給されるやつ”! だから私、ほとんど働いてないのに、ちょっと得してるの」


リリーが得意げに笑うと、セリアとフィオナが顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。


船は静かな波間をゆったりと進み、レイたちはしばしのんびりとした時間を楽しんでいた。

海風が心地よく吹き抜け、船が小さく揺れるたびに、セリアやフィオナはリラックスした様子で海を眺め、

リリーも目を閉じて穏やかな笑みを浮かべていた。サラは海中の魚を血眼で探していた。


レイもまた、船の揺れに身を任せながら、これから行く小島ってどんなところなんだろうと思いを馳せていた。

船の甲板で仲間たちと過ごすこの静かなひとときが、長く続けばいいとさえ感じていた。


しかし、そんな穏やかな時間がしばらく続いた後、

レイはふと遠くの海面に何か不自然な盛り上がりが見えるのに気づいた。


彼は少し不安げにその方向を指さした。


「あれって、何ですか?」


船長が素早く望遠鏡を取り出し、その盛り上がりを確認すると、その顔色が一気に蒼白になった。


「シ、シーサーペントだ!急げ、帆を風に向けて張り直せ!」


船員たちは焦りながら帆を操作し、船の速度を上げようとしたが、巨大なシーサーペントは

すでに彼らに向かって突進していた。


(やばい、来るぞ!アル、ファイヤーボールだ!)


レイは即座に「ファイヤーボール」を放ち、迎撃を試みたが、海上では火の効果が薄く、

シーサーペントに大きなダメージを与えることはできなかった。


そして、ついにシーサーペントが船に激突し、船体が激しく傾いた。

その衝撃で、バキッ!という音と共に、セリアが掴んでいた船の縁が折れた。


「キャーッ!」


「セリアさんっ!」


レイは考えることなく冷たい海へ飛び込み、セリアの元へ向かって必死に泳いだ。

だが、その二人の前にシーサーペントの巨大な口が迫ってきた。


「ヤバ! 死ぬってコレ!!」


(レイ、セリアさんを甲板に投げてください。レイは私が助けます)


(マジか!? わかった、信じる!)


レイはナノボットの力を最大限に引き出し、セリアを海面へ持ち上げた。


「ごめん、セリアさんっ!!」


叫びと共に、渾身の力でセリアを甲板に向かって投げる。

セリアは甲板に落ち、バウンドしてそのまま倒れ込んだ。


そしてその瞬間――

レイの視界が、暗闇に呑まれた。


シーサーペントの口が閉じたのだ。


「嫌あぁぁーーーーっ!」


フィオナの悲鳴が海に響いた。

フィオナはその光景を見て衝動的に海へ飛び込もうとしたが、サラが彼女にしがみつき、必死に止めた。


「ダメニャ!フィオナ!行かせニャい!」


セリアは呆然とした表情で船の縁に座り込んだ。


「嘘よ、嘘よ、嘘!」


リリーはマストにしがみつき、焦燥感に駆られていた。


「何かないの?何か!」


シーサーペントの巨大な口に飲み込まれたレイは、暗闇と圧迫感に包まれた。

しかし、ナノボットはすぐに作動し、彼の肌が露出している部分をカバーし始めた。

ナノボットは彼の皮膚を保護し、強化すると同時に、呼吸を維持するための準備を整えた。


レイのジャケットは、先進技術で作られた「ミスティックファイバー」でできており、

シャツとズボンは「エンチャントツイル」という特殊な織り方で作られている。

この装備は消化液が染み込むのを防ぎ、極限の環境でも体温を安定させる機能を持っていた。


シーサーペントの内部では、強酸性の消化液が襲いかかるが、ジャケットやシャツ、ズボンの表面は

その特殊な繊維構造によって消化液を弾き返し、レイの体に触れることはなかった。


ナノボットは彼の肌に直接展開し、露出している部分も化学的なダメージから守った。


しかし、シーサーペントの体内では酸素が限られていた。

そこでナノボットはレイの周囲の水を分解し、酸素を抽出して呼吸を支援した。

酸素は彼の気道に供給され、安定した呼吸が可能になった。


ナノボットが水を分解する際、微細な振動がレイの皮膚に感じられた。

無数のナノボットが皮膚表面で忙しなく働き、水分子を分解して酸素と水素を生成している。

レイはその振動を感じ取りながら、体内に送り込まれる新鮮な酸素によって再び落ち着きを取り戻していった。


(レイ、苦しくはないですか?)


(大丈夫。なんでオレ、水の中でも平気なの?)


(前に神殿の湖で魔法訓練をしていた時、レイが「湖に潜ってみたい」と言い出すかと思い、

 水中で呼吸できるように準備しておいたんです)


(そうだったのか、死ぬかと思ったよ!で、この状況、どうするの?)


(私に考えがあります。レイ、合図をしたらファイヤーボールをお願いします)


(さっき撃ったとき、全く効かなかったけど?)


(狙うのはシーサーペントの外側ではありません)


(どういうこと?)


(今、作っているものを撃ってもらいます。そうすれば……)


(でも本当に大丈夫?ここに居続けるのって、かなり危険だよね)


(そうですね、このままでは長くは持たないでしょう。でも、今の状況を打破するにはこれしかありません)


レイはアルの言葉に一瞬迷いがよぎったが、すぐに覚悟を決めた。

リスクを承知で、二人はこの賭けに出ることにした。


(アル、シーサーペントの口はこの方向で間違ってないよな?)


(はい、大丈夫です。ファイヤーボールを撃ったら、すぐに後ろに飛んで体を丸めてください。

 丸まったら硬化で防御しますので)


レイは、ナノボットが生成した酸素と水素の水泡をじっと見つめた。

心の中で一度だけ深く息をつき、ファイヤーボールを放つ。


ぼっ、と低い音が胃袋の奥に響いた。


シーサーペントは、レイを丸呑みにしたまま、満足げに海中を進んでいた。

巨体がゆったりと海水を押し分け、青の闇を滑るように泳いでいく。

だがその胃袋の中では、予想外の異変が始まっていた。


海面を漂う小舟を見つけると、鋭い眼光がそちらに向けられる。

先ほど体当たりした船。まだ沈まず残っていることに気づき、獲物を仕留め損ねたことが気に入らなかったのか、音もなく加速を始める。

ずずっ、と海を切る低い振動が周囲に伝わる。


しかし、小舟の上ではフィオナたちが諦めずにシーサーペントの影を追っていた。


その時だった。

巨大な海蛇の動きが突如、ぴたりと止まる。

直後、腹のあたりが、ボコっ……と内側から不自然に膨れ上がった。


ドンッ、と鈍い衝撃音が海中に響く。

ぐらりと巨体が揺れ、次の瞬間、


ドゴォォォォーーン!


激しい爆発が海中を切り裂いた。

海水が跳ね上がり、轟音と共に泡が一斉に浮上する。

シーサーペントの体が内側から光に透かされたように見え、続いて、ぐらぐらと海全体が震えた。


バッシャアーーン!


水面が盛大に割れ、巨大な水柱が空へと突き上がる。

泡がごぼごぼと浮き上がり、そこから何かが飛び出した。


水煙を裂いて、ひとつの影が空を舞った。

爆発の衝撃を利用し、レイがシーサーペントの口から飛び出したのだ。


その体は、ぐるりと宙を描きながら、海に向かって落ちていく。

濡れた服が水を滴らせ、青空の下できらめいた。

その姿に、フィオナの目が見開かれる。


レイの身体が、水柱をあげて海へと沈んだ。

しばしの静寂。だがすぐに、巨大な泡と共に彼が海面に顔を出す。


その瞬間、船上の仲間たちは息を飲んだ。

信じられないかのように、一瞬だけ静まり返る。


そして――


「レイ!」

「レイ君!」

「レイくん!」

「少年ニャ!」


くしゃくしゃの顔で叫ぶその声には、無事を喜ぶ安堵と、込み上げる感情があふれていた。


「す、すみません…心配かけちゃって…でもアルがなんとかしてくれましたから」


レイの謝罪に、皆の表情がさらに崩れ、涙がこぼれ落ちた。

それぞれが彼の無事を確認し、安堵の表情を浮かべたその瞬間、レイもまた、

彼らの存在に救われたことを実感した。


しばらく静かな余韻が漂う中、レイはふと改まったように言い始めた。


「ところでですね…」


皆が不思議そうにレイを見つめると、彼は少し照れくさそうに続けた。


「あれって……どうやって持ち帰れば良いんですか?」


その声に、皆が目をやった。

海面には、腹を膨らませたままのシーサーペントが、力なく漂っていた。


爆発の余波で腹部を膨らませたまま、力なくぷかりと浮かんでいる。

アルの計算によって爆発の規模は絶妙に調整されており、

シーサーペントは海中で動きを止め、そのまま浮上したのだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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