第167話(緊張の面会)
結局、ファルコナー行きは避けられなかった。
レイたちは覚悟を決めて、ファルコナーへと向かうことになった。
もちろん、レイはシルバーの背に乗っての旅だ。
スタンピード後に開かれた「冒険者代表との会食」あのとき、緊張しすぎて「無理です」と泣き落としで断った相手。そう、怖い伯爵様との“再会”が今回の目的だった。
(今回は……食事じゃなくて面談だよな? いや、どっちにしても怖いって……)
レイの胃は、出発前からずっと重かった。
応接室で待つことしばし。
ぎゅう、と椅子の肘掛けを握りしめながら、レイは内心で悲鳴を上げていた。
(胃に穴が空く……いや、アルが何とかしてくれてるけど……気分的にもう限界)
その時、扉がノックされた。
現れたのは、品のある執事。そして、その後ろから、あの恰幅の良い人物が入室してきた。
スタンピードの時、天幕の奥に立っていた男だ。
(間違いない……伯爵様!)
レイは勢いよく立ち上がり、ほぼ直角の角度でお辞儀した。
「……楽にしてくれ」
落ち着いた低音の声がかかる。レイはゆっくり体を起こしたが、ガチガチに硬直したままだった。
「レイ君、座っても大丈夫よ」
リリーの優しい声に、ようやく腰を下ろす。
だが、手汗は止まらず、膝の上で握った拳が小刻みに震えていた。
リリーが説明を始めた。
迷いの森が帝国と繋がっていたこと。
その転移には、迷いの森の中央部まで到達し、伝説の馬・スレイプニルと競争し、勝たなければならないこと。
続いてセリアが引き継ぎ、フロストッチで黒幕と思しき男と遭遇し、レイが屋敷に忍び込んで命令書を奪った経緯を報告した。
さらに、セリン子爵によるダンジョン調査と、森の深部が非常に到達困難であること。
そして、帝国側の入り口も依然として封鎖されておらず、帝国側の人間はまだ“転移できるダンジョンの存在“に気づいていないということ。
伯爵はしばらく沈黙し、やがてポツリと呟いた。
「……だから北方のフロストッチなのか。なるほどな」
リリーとセリアがうなずく。
「そうですね」
伯爵は、ふと視線をレイへ向けた。
「そして、その鍵となるスレイプニルという魔物を所持しているのが――君か」
「ヒャイ! レイと申します!」
「ヒャイ・レイとは変わった名前だな」
「いえ、彼の名前は『レイ』です。そして彼は、四大神教の聖者でもあります」
リリーの補足に、伯爵は目を細めた。
「なんと……ふむ。服が違うから気づかなんだが……ああ、そうか。セリンで挨拶したではないか、聖者殿!」
「ええええぇぇっ!?」
レイはひっくり返りそうなほど驚いた。
その時、頭に声が響いた。
(レイ。ファルコナー伯爵は、式典の際にあなたと挨拶しています。機会があれば領地にも立ち寄ってほしいと)
(えっ!? オレ……なんて返した!?)
(『ぜひ機会があれば伺います』と、礼儀正しく返答していました)
(ぜんっぜん覚えてない……! 失礼なこと言ってないよね?)
(問題ありません。丁寧に対応していましたよ)
アルの冷静な声に、レイは少し安堵した。
だが――顔の緊張は取れなかった。
式典のときの記憶はあまりにも曖昧で、誰と何を話したのかすら覚えていない。
緊張で頭が真っ白だったのだ。
「あ、あの……伯爵様。覚えていてくださって光栄です。今回の機会に、ぜひ領地を巡らせていただければと思います」
言葉を絞り出すようにそう言うと、伯爵はじっとレイを見つめた。
「……レイ殿。領地の件、覚えていてくれたとは、ありがたいことだ。ただし今回の件は非常にデリケートな問題だ。王家への報告は当然として、君にお願いしたいことがある」
少し、言葉を選ぶように間を置いてから続けた。
「君は聖者として、民衆にとっての希望だ。スタンピード後の不安を、君の存在で和らげられるかもしれない。だが君がこの件の鍵にもなっている以上、軽々しく動くべきではない」
レイは真剣な表情でうなずいた。
(あれ……? 伯爵様って見た目は怖いけど、案外優しい人なのかも…)
そんな印象が、不意に胸に浮かんできた。
「……伯爵様。オレ…いや、私にできることがあるのなら、ぜひ力になりたいと思っています。ただ、確かに慎重に動くべきだとは思います」
伯爵は満足そうにうなずいた。
「その通りだ。君の安全は、我々にとっても重要だ。今すぐ巡回を頼むつもりはない。だが、状況次第では再度相談したい」
「分かりました。少し考えてみます」
「ありがとう、レイ殿。無理はするな」
そう言い残し、伯爵は静かに部屋を後にした。
レイは深く頭を下げ、その背を見送る。
応接室を出て、領主館を後にしたレイは、玄関の扉が閉まるや否や、両手を広げて叫んだ。
「き、緊張したぁぁ〜〜!」
「レイ殿……緊張しすぎではないか?さっきの『ヒャイ!』でこっちがびっくりしたぞ」
フィオナが笑いながら感想を言った。
「そうだニャ! 何事かと思ったニャ!」
サラもくすくす笑っている。
「でも、伯爵様、結果的にレイの安全を気遣ってくれてたんだよね」
セリアが微笑んだ。
「まぁ……レイ君の安全はいいんだけどねぇ……」
歯切れの悪いリリーの様子に、セリアが思い出したように聞いた。
「帰り際に、執事さんと何か話してたよね? 最後、何の話してたの?」
リリーは一瞬目をそらしたが、観念したように口を開いた。
「……実はね。伯爵様から、レイ君たちの安全確保をお願いされたの。王都行きも含めて、当分の間、私が同行するようにって」
「えっ、それって……一緒に旅をするってことですか!?」
「そうなるわね。でも、ちょっと引っかかるのよ。お願いされる時にね――」
リリーは小さく息を吸った。
「“死神の微笑み殿”って言われたのよぉ!なんで伯爵様まで昔の二つ名を知ってるの?」
レイたちは唖然とし、どう反応していいかわからなかった。
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