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第164話(初めての衝突)

レイたちはリーフ村まで帰ってきていた。


レイのたっての願いで、新しい剣の使い勝手を確かめるため、帰り道の魔物は彼が倒すことになった。

だが、やはりスレイプニルのいるパーティには、魔物がほとんど襲ってこなかった。


結局、出てきたのはラッドと角ウサギだけだった。


「斬った気がしない!」

それがレイの感想だった。

実際は、斬った感覚すら感じないほど滑らかな切れ味なのだが…。


今回の収穫は、ほとんどないに等しかった。

とはいえ、一応の目的であったリリーに転移の経験をさせることはできた。


あとは、司祭が提案してくれた四大神教会の力を借りるため、大司教に会いに王都へ向かう準備をするだけだ。


だがその時、レイとリリーが「待った」をかけた。


セリアは二人の様子に少し驚きながら問いかける。

「どうしたの? レイ君、リリ姉」


レイは少し躊躇いながら言った。

「まず……どうしても王都に行かなきゃダメですか?」


セリアは首をかしげて答える。

「レイ君は行きたくないの?」


「いえ、行きたくないとかじゃないんです。いつかは行かなきゃとは思ってます。でも……」

レイは目を伏せ、言葉を選ぶように続けた。


「今の自分のままで本当に大丈夫なのか、少し不安なんです。それに、まだ色々なことが整理できていない気がして……」


沈黙のあと、リリーが静かに口を開いた。


「私は今回のことを伯爵に報告しなければならないの。ファルコナーの港から公都を経由して王都に行く行き方もあるし、そちらのほうが私には都合がいいんだけど……ダメかな?」


リリーの提案に、セリアは心の奥に焦りを感じ始めていた。皆の安全を軽く扱っているように聞こえてしまったのだ。何かが違う――そう感じたが、それを言葉にするには少し時間がかかった。


やがて、セリアは焦ったように声を上げる。


「ちょっと待って。司祭と話して王都に行くことにしたのは、助けを求めるためよ。みんなの安全がかかってるの!」


「急ぐ意味がよくわからニャい! 誰が敵なのニャ?」

サラが不思議そうに問いかけた。


「それは……国家間でレイ君の、というかこのパーティが狙われる可能性があるからで……」


「セリア、それって伯爵やこの国の貴族も敵に入るの?」

リリーが静かに疑問を重ねる。


セリアは少し感情的になって答えた。

「伯爵が敵って言いきってるわけじゃないわ!でも、心配になるのよ。だって、状況がどう変わるかわからないじゃない!」


その場に、ピリッとした緊張感が漂った。


フィオナが冷静に口を開く。

「うむ。皆、少し頭を冷やしてからのほうが良くないだろうか?冷静になって、もう一度じっくりと考える時間が必要だと思う」


しかしセリアは、もう感情を抑えきれなかった。

目に涙を浮かべながら、勢いよく立ち上がる。


「もういいわ。少し、一人になりたい……」

そう言い残し、彼女は泣きながら部屋を飛び出していった。


「ちょっと、オレ、行ってきます!」

レイは慌てて立ち上がった。


セリアが一生懸命まとめてくれた案を、結果的に否定してしまったことに、ようやく気づいたのだ。

元をたどれば、自分のせいでみんなを巻き込んでしまっている。その事実に、セリアの涙を見るまで気づけなかった。


残ったフィオナたちは互いに視線を交わし、重い沈黙が部屋を包んだ。


セリアは涙をぬぐいながら宿屋の外へと歩いていった。夜の静けさの中で、彼女の足音だけが小さく響く。

ふと厩舎の方に目を向けると、スレイプニルのシルバーが大人しくそこに収まっていた。


シルバーはその巨大な体を小さく丸めるようにして静かに休んでいる。

まるで彼女の気持ちを察したかのように、シルバーはセリアに優しい目を向けた。


セリアはシルバーのそばに近づき、そのたてがみをそっと撫でた。


「シルバー…」


セリアは静かに名前を呼び、涙がまた一筋流れ落ちる。


シルバーは鼻を鳴らして答えるようにセリアの手に触れた。

その優しい仕草に、セリアは少しだけ気持ちが和らいだように感じた。

彼女はしばらくその場に立ち尽くし、シルバーの温かさに身を委ねた。


その時、セリアの背後からレイの足音が聞こえたが、彼女は振り返らずにただシルバーのそばにいることを選んだ。


レイもまた、何も言わずにセリアの近くに立ち、二人はしばらく無言で夜の静寂を共有した。


レイは静かに声をかけた。

「ごめんなさい、セリアさん。オレ、強くなくて…」


その言葉に、セリアは一瞬驚いたように身をこわばらせたが、すぐに肩を落とし、静かに首を横に振った。


涙で濡れた目でレイを見上げ、彼女の表情には複雑な感情が浮かんでいた。


「レイ君…」

セリアはかすれた声で彼の名前を呼んだ。


レイは続けた。

「オレ、みんなを守るためにもっと強くならなきゃって思ってるんです。でも、今の自分じゃまだ足りないんだって痛感してます。だから…ごめんなさい」


セリアはレイの言葉を聞き、彼の気持ちを理解しようと努めた。

彼女もまた、自分の不安や葛藤に悩んでいたが、レイの心にも同じような重さがのしかかっていることに気づいた。


「レイ君、そんな風に思わないで。私も…怖いの。何が正しいのか、何が最善なのか、分からなくて…」

セリアの声は震えながらも、彼に向けて優しい気持ちを込めていた。


二人はしばらくの間、静かにその場に立ち尽くし、お互いの不安や弱さを感じながらも、言葉にならない思いを共有していた。


レイがつぶやいた。

「こういう時ってどうすれば強い男だって思われるんでしょうね…」


セリアはレイの言葉を聞いて少し微笑み、涙を拭いながら静かに言った。

「そんなの、優しく抱いて、守りたいんだって言えばいいじゃない」


彼女の言葉にレイは一瞬戸惑いながらも、セリアの真っ直ぐな目を見つめた。

彼女の言葉はシンプルだけれど、深い意味が込められているように感じられた。


レイは少し照れくさそうに微笑み、セリアに一歩近づき、そっと彼女を抱き寄せた。

そして柔らかく言葉を紡いだ。


「セリアさん、オレ…みんなを守りたいんだ」


セリアはレイの胸に顔を埋め、わずかに震える声でつぶやいた。

「バカね…なんでここで『みんな』って言っちゃうのよ…」


夜の静けさの中、少し離れた場所にいるフィオナ、サラ、リリーの三人は、レイとセリアのやりとりを遠くから見守っていた。


サラは獣人の鋭い聴覚を活かし、彼らの会話を聞き取っていた。


「レイが『みんなを守りたい』って言ったニャ。そしてセリアは『バカね…』って言ってたニャ」


フィオナは少し考え込みながら言った。

「まあ、特別待遇にカウントする代わりに、今回は少し許してやらないとな」


リリーはその言葉に少し照れくさそうにうなずき、やわらかな口調で返した。

「私も言い過ぎちゃったわね。ちゃんと謝らないと」


厩舎の前の二人の間では照れ臭い雰囲気が、そしてそれを見ている三人の間には、わずかに和やかな空気が広がったのだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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