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第162話(勝負の行方)

収穫祭当日、セリアとフィオナの二人は気合満々で果物が置かれたブースにやってきていた。

ジャム作りコンテストは、このブースの中の果物から選んでジャム作りをするのがルールだ。


ジャム作りの時間は一刻である。このブースから狙った果物を取るのも、このジャム作りでは

勝負の分かれ目となる。参加者は十八名、みんな鐘が鳴るのを待っている状態だった。


セリアは新鮮なストロンベリーとレモンを目の前にして、他の人々が驚くような新しい味を

作り出すことを目指していた。一方、フィオナは伝統的なエルフのレシピに基づいたジャム作りを考えていた。


エルダーベリーを主体として、オランゲで酸味を加えたジャムを作るつもりだった。

二人とも狙った果物を絶対に取るという意気込みがすごかった。


「行くわよ、フィオナ!」

「受けてたとう、セリア!」


レイはなんだかわからないが、セリンに帰ってきたら二人がジャム作りコンテストに出るらしいので、アルに少しだけ顔の印象が変わる変装をしてもらい観客席から見ていた。


教会の鐘が鳴ると、参加者たちは一気に果物ブースに走り出した。

それはまるで四百メル走ではなく、ダッシュのような速さだった。

さすがCランク冒険者だけあって、二人のスピードは他の参加者を圧倒していた。

二人とも目当ての果物を取ると、次は香辛料が置かれたところまで走った。

そして、二人とも同じシナモンに飛びついたのだった。


観客たちはざわめき、興奮して見守っていた。


「なんかすごいぞ、あの先頭を行く二人!とんでもない気合だな」

「うおー、同じシナモンを同時に掴んだぞ!すげー!」



結果、シナモンは真っ二つに折れてしまい、両者痛み分けとなった。

それでも二人は素早く他の香辛料も選んでいき、遅れてやってきた他の参加者たちが押し合いになる中、セリアが先に香辛料を手に入れた。


「最初の勝負は私の勝ちね」

「次は負けない!」


勝負はジャム作りなのに別のところにも闘志を燃やす二人。


二人がそれぞれキッチンブースに戻ると、果物を洗い、皮をむき、種を取る作業を素早く進めていった。

砂糖の量を計量し、果物と混ぜる準備も手際よく進めていく。

二人は無駄のない動きで、流れるように作業を進めていった。


無駄に熱い戦いを繰り広げる二人を、サラとリリーはレイのそばで観戦していたが、

お互いに譲らない二人の姿勢に「やれやれ」と顔を見合わせた。


「もうちょっと楽しめばいいのに」

リリーが呟く。


「熱い戦いだニャ!」

サラは興奮した声で応じた。


「なんでこのコンテストに出ることになったんですか?」

レイがリリーとサラに尋ねたが、二人ともノーコメントと返ってきた。


セリアとフィオナに聞いても、お互いに話をはぐらかされてしまい、レイは困惑しながらも、そんな二人を交互に応援していた。


二人は果物を鍋に入れて煮込み、香辛料と砂糖を加えていった。

果物が柔らかくなり、水分が飛んでジャムの濃度になるまで煮詰める必要がある。

火加減が勝負を左右するが、あまり動きがないこの場面では、レイはどう応援してよいのか戸惑っていた。


「ふぅ…なんとかここまで来れた」

「…油断は禁物、焦がしたらアウトだ」


二人は鍋の中をかき混ぜ、焦げないよう緊張感を張りつめさせた。


他の観客たちも店を回りながら食べ物を仕入れてきて、食事を始める様子が見受けられた。

レイも何か食べたくなり、露店に足を運んだ。


そこで、レイは孤児院がやっている露店を見つけた。

レイが孤児院にいた頃には露店なんてなかったが、畑で取れる野菜が孤児院で消費するよりも多くなり、

野菜がダメになる前に売ってしまおうと、シスターラウラが考えて始めたのだと聞いた。


(レイ、変装を解きますか?)


「ああ、そうだった。お願い!」


次の瞬間、ナノボットがレイの顔の輪郭や鼻、口元に再び働きかけ始めた。

頬骨がわずかに滑らかになり、鼻筋が元の形に戻っていく。

わずかな違和感が消えていき、レイの顔はいつもの見慣れたものに戻っていった。


露店ではセリンナス、赤ピーマン、モロコシ、シシトーを焼いて売っていた。

レイが近づくと、シスターイリスが彼に気づいて声をかけてきた。


「あんた、聖者様になったってどうせ暇なんでしょ? 別に手伝ってほしいわけじゃないけど…手伝っていきなさいよ!」

イリスは少し照れくさそうにツンとした表情で言った。


レイはその言葉に笑いをこらえつつ、二つ返事で答え、すぐに野菜を焼き始めた。

「わかったよ、手伝わせてもらうよ!」



レイが客を応対している中、周りの客たちがひそひそと話し始めた。

焼き上がる野菜の香ばしい香りと賑やかな雰囲気の中、ふとレイに視線が集まり、誰かが囁き声を漏らす。


「おい、あれって…聖者様じゃないか?」

「本当だ、間違いないよ。あの顔、見たことがある…」


「聖者様がこんなところで売り子をしてるなんて…握手してもらおうかしら」

「でも、忙しそうだし、邪魔にならないようにしないと…」


ひそひそと交わされる会話は次第に広がり、気づけば客たちの間にざわめきが生まれていた。

何人かの客は、レイに握手を求めるために、さりげなく列を作り始めた。


「お近づきの印に…これを買ってみようかな。」

「私も何か買ってみようかしら。これで聖者様に感謝の気持ちを伝えられるわ」


レイは、増え続ける客の列に戸惑いながらも、笑顔で応対を続けた。

シスターラウラとセルデンも、その状況を察しつつも、淡々と手を動かしていた。

しかし、レイが露店に入ってから急に賑わい始めたことに、二人も少しだけ驚いていた。


一方、リリーとサラはジャム作りコンテストの会場で、レイが何か買ってくると言ったまま

帰ってこないことに首をかしげていた。

ジャム作りはすでに煮込みの工程を終え、冷ましながら瓶詰めの準備に移っていた。


「おかしいニャ、どこに行ったかニャ?」

サラが不思議そうに周囲を見渡した。


リリーも考え込むように唇を噛んで、少し心配そうに呟いた。

「うーん、迷うってこともないだろうし、どこかで何かに巻き込まれたのかしら?」


二人はレイがどこへ行ったのか気にしつつも、コンテストが進行しているため、会場を離れることもできず、困惑した様子でお互いに視線を交わしていた。


やがて、ジャム作りコンテストも終わろうとしていたが、レイは一向に戻ってくる気配がなかった。

フィオナもセリアも、観客席にいたはずのレイが見当たらないことに気づき、何かあったのではと心配になった。


二人はサラやリリーに視線を送り、「レイはどこ?」と無言で尋ねるが、

サラとリリーも首をかしげるばかりで、「分からない」と返すのみだった。


やがてコンテストの結果発表が行われ、二人とも見事に入選を果たしたが、優勝は知らないおばあちゃんに持っていかれた。

セリアとフィオナは「どっちが上なの?」と審査員に詰め寄ったが、「入賞に順番はない」と軽くかわされ、あっけなくコンテストは終了してしまった。


「まあ、こういう結果もあるわよね」とセリアが納得したように言うと、フィオナも少し悔しそうにしながらも頷いた。しかし、二人はまだ心の中でレイのことが気がかりだった。四人は顔を見合わせると、レイを探すべく市場のあちこちを歩き回ることにした。


「一体、どこに行ったのかしら?」

セリアが焦りの表情を見せる。


「まさか、また何かトラブルに巻き込まれているんじゃないか?」

フィオナも心配そうに呟いた。


サラとリリーも心配しながら、レイの姿を探し求めて市場を歩き回っていたが、どこにも見当たらなかった。

焦りを募らせながら広場を行ったり来たりする彼らの耳に、ふと人々の話が聞こえてきた。


「聖者様が露店やってるらしいぞ!」

「聖者様が焼いたナス、買っちゃった!」


その言葉を聞いた四人は、すぐに露店が出ている方に向かった。


「いたニャ!」


サラの声が響いた。四人が振り返ると、そこにはレイがいた。

彼は孤児院の露店で、シスターイリスに汗を拭いてもらいながら、一心不乱に野菜を焼いていた。


その光景を見たフィオナとセリアは一瞬で表情を硬くし、レイに寄り添うシスターイリスを鋭く睨んだ。

シスターイリスも負けじと二人を睨み返し、三人の間で火花が散るような睨めっこが始まった。


その緊迫した空気が漂う中、シスターラウラの大きな声が響き渡った。


「アンタら、店の前で睨めっこしてるんじゃないよ!客が逃げちまうだろう!」


その一括に場が一気に静まり返り、フィオナとセリアも思わず背筋を伸ばした。

シスターイリスもふっと力を抜き、三人の視線のぶつかり合いはようやく収まった。


レイはその様子を見て困惑しながら、

「えっと…どうしたの?」

と不安げに尋ねたが、三人はそれぞれ視線を逸らし、何も答えなかった。


シスターラウラはそれを見て、レイを促し、露店から追い出した。

「ほら、レイ、アンタのお仲間だろう!もう店は良いから他を回ってきな!」



こうして、緊張感が漂う中でも何とか収穫祭は続けられ、あれだけ熱い戦いをしたにも関わらず

二人の勝負は痛み分けに終わった。レイは再び変装し彼らは一緒にお祭りを楽しむこととなったのだった。


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