第161話(収穫祭での勝負)
ランベール司祭との打ち合わせを終え、セリアたちが教会を出ると――
目の前には、大広場いっぱいにテントが次々と張られている光景が広がっていた。
色とりどりの布が風に揺れ、地元の農産物や特産品を並べたブースがずらりと並ぶ。
八月八日の収穫祭に向けて、町全体が賑やかに準備を進めている様子だった。
セリアがふと思い出したように口を開いた。
「……あ、そうだ。二日後に収穫祭があるんだったわね」
彼女は微笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「レイ君と一緒にお祭りを楽しめそうだわ」
「そうか、収穫祭なのか。私もレイ殿と一緒に収穫祭を楽しみたいと思っていたところだ」
だが、二人はそこで視線を交わし――微妙な空気が流れ始める。
セリアが、挑戦的な笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ、どちらがレイ君と一緒にお祭りを回るか、決めないとね」
フィオナは一瞬戸惑ったが、すぐに真剣な表情になる。
「そうだな。……だがこれは大事なことだ。私は、レイ殿に楽しい時間を過ごしてもらいたい。そのために彼と祭りを回るのは、私の役目だと思う」
そのやり取りを聞いていたサラが、楽しそうに尻尾を揺らしながら笑った。
「ニャハハ、これは面白くなりそうニャ!」
彼女の隣にいたリリーも、ふふっと笑みを浮かべる。
「どちらがレイ君と一緒にお祭りを回るのかねぇ。これはこれで面白そうね」
セリアは軽くため息をついて言った。
「フィオナさん、レイ君のことを思う気持ちはわかるけど……私も同じ気持ちよ。彼に楽しい時間を過ごしてもらいたいのは、私だって一緒。だからこそ、私が一緒に回るべきだと思うわ」
フィオナは少し考え込み、眉をひそめた。
だが、すぐに反論する。
「それなら……どちらがレイ殿と一緒に祭りを回るか、公平に決めるべきだ」
セリアは即座に反応した。
「公平? だってフィオナさん、怪我の治療、レストランでの食事、スタンピードの時の合体魔法――その上、お姫様抱っこ二回よ。私は抱っこ一回だし、私の方が権利あるわよね?」
フィオナは少し焦ったように言い返す。
「いや、フロストッチの町に入る時、お嫁さん役で入ったじゃないか?」
しかしセリアは、半笑いで即座に返した。
「それはただの演技だったでしょ。私はそんなの、特別だと思ってないわ」
フィオナは顔を真っ赤にしながら反論を試みた。
「い、いや、それでもお嫁さんだぞ! 重要な役割……」
だが、肝心なところで言葉に詰まってしまう。
そこへ、リリーが二人の間に割って入った。
「お二人さん、ちょっと待って! あれで勝負したらどうかしら?」
彼女が指を差した先には、地元の果物を使ったジャム作りのコンテストの看板が掲げられていた。
セリアとフィオナはその提案に反応し、並んで看板を見つめる。
「ジャム作りのコンテスト…ねぇ」
セリアがつぶやく。
フィオナもその案に目を輝かせた。
「それなら公正に勝負ができるな。レイ殿のために、最高のジャムを作ってみせる!」
リリーは満足げに頷いた。
「これでお互いに力を発揮できるでしょう? 勝った方が、レイ君と一緒にお祭りを楽しむ権利を得るってことで、どうかしら?」
二人は互いに頷き合う。
「いいわね。それで決まり!」
「その通りだ。正々堂々、勝負しよう」
そんな二人のやり取りを見て、リリーはふと思いついたように呟いた。
「今日はレイ君が馬車の注文をしにシルバーホルムに行っちゃったみたいだし……。馬車ができるまで、ここで準備を整えておくのもいいかもね。これからの旅は過酷になるかもしれないし」
こうして二人は、レイと一緒に収穫祭を楽しむため、ジャム作りで勝負することになった。
サラとリリーは、その様子を微笑ましく見守っていた。
***
その頃――
レイはシルバーホルムからの帰り道で、突然寒気に襲われていた。
「なんか……今、一瞬、寒気がしたんだが?」
不思議そうに呟いたレイの隣で、シルバーがキョトンとした表情を浮かべている。
まるで「どうしたの?」とでも言いたげな顔だった。
レイは軽く首を振る。
「いや、何でもない」
そこへアルが、即座に反応した。
(レイ、体調の変化ですか? 私がレイの体を管理している以上、風邪などは絶対にひかせませんが)
自信満々に言うアルだったが、その寒気の原因がフィオナとセリアの“コンテストをかけた勝負”によるものなのか、あるいはシルバーホルムの鍛冶屋が馬車製作にノリノリになっているせいなのか、はたまた、その両方なのかは定かではなかった。
「とりあえず、帰ろう」
そう呟いて、レイはシルバーに向かって微笑んだ。
「そうだ、シルバーに乗る練習をしながら帰るかな?」
「ヒヒィン!」
元気よく返すシルバーにまたがり、レイは軽く手綱を引く。
「ゆっくりだぞ、シルバー。ゆっくりね……いや、だんだん速くなってるから。シルバー、オーイ、シルバー! いやー!」
そんなレイの叫び声が、収穫祭で賑わうセリンの畑に響き渡ったのだった。
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