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第159話(ニューウエポン)

レイがリーフ村のダンジョンに潜り始めた頃、鍛冶場では黒いロングソードの最終調整が行われていた。


爺さんたちは剣を冷ました後、再び炉で熱し、焼き戻しの工程に入る。

これにより、刃に柔軟性が加わり、折れにくくなりながらも強靭さを保てるようになる。


剣が適切な温度まで冷やされたところで、爺さんたちは研磨作業に移った。

研ぎ石を使い、細かな砂粒を含んだ油で丁寧に刃を研いでいく。

滑らかになった剣の表面は、やがて鋭い光を放ち始め、その美しい姿が現れた。


「あぁ」

一人の爺さんが満足そうに声を漏らす。


「んっ」

もう一人も頷きながら短く返した。


二人の手の動きには、長年の経験に加えて、どこかで教わった秘術が染み込んでいるかのような流れがあった。


その後、二人はガード((ツバ))とヒルト((ガラ))の取り付け作業に入った。ガードには精巧な模様が刻まれ、ヒルトには強靭な革が巻かれ、握りやすさが追求されていた。


最後に剣全体を細かく点検し、隅々まで磨き上げていく。


こうして、黒いロングソードはついに完成を迎えた。


かつての幅広の大剣は、洗練された機能的なロングソードへと生まれ変わった。

その姿に、旧き姿の面影はもうない。


しかし、作業はそれだけでは終わらなかった。


爺さんたちは、大剣を鍛え直す際に余った鋼材をじっと見つめた。

そして、それを無駄にせず、短剣に加工することを決めた。


まず余った鋼材を適切な大きさに切り出し、再び炉で真っ赤に熱する。


爺さんたちはハンマーを振るいながら、一本一本の短剣の形を整えていった。

その手元には、老エルフから授けられた技術の片鱗が確かに宿っていた。


短剣の厚さ、刃の形状、全体のバランス――すべてが細かく調整され、二本の短剣が形作られていく。


そしてロングソードと同様に、油による急速冷却、焼き戻し、研磨の工程を経て、強度と鋭さを兼ね備えた短剣が完成した。


さらに余った素材で、爺さんたちはナイフを二本作ることにした。


短剣より小さく、細かい作業に適した形状のナイフは、研ぎ澄まされた刃と握りやすい柄を持ち、軽やかに仕上げられていく。


ロングソード、二本の短剣、二本のナイフ。


計五本の新たな刃物が鍛冶場のテーブルに並び、爺さんたちはその仕上がりに満足そうに頷いた。

古い大剣から生まれ変わった武器たち。彼らは静かに思った。

――老エルフから受け継いだ秘技は、今もこうして生き続けているのだ、と。


彼らは声を失う代わりに、この国では誰も成し得なかった金属加工の秘伝技術を手に入れた。

黒い剣は見事に鍛え直され、ロングソードへと生まれ変わり、さらに余った素材からは短剣やナイフまでもが生み出されたのだった。


***


それから数日後。


レイがシルバーと馬車を発注した日。鍛冶屋を通りかかると、「あ」の爺さんと「ん」の爺さんが目の前に立ちはだかった。そして、無言のままレイの腕を引き、鍛冶場の奥へと連れていく。


テーブルの上には、ロングソード、二本の短剣、二本のナイフが並んでいた。


「あっ、そうでした」

レイは思い出す。


「剣が出来上がったんですね!いくらかかったんですか?」

爺さんたちは顔を見合わせると、一人が親指を、もう一人が人差し指を立てて手を重ねた。


「ああ、これでいい」

「うん、これでいい」


「……ん?」

レイは首をかしげた。


「あれ? 今、この二人……喋ったよね?」


その瞬間、鍛冶場の奥から婆さんがゆっくりと歩いてきた。

「あんたら、喋れるようになったんかい!」


「……ああ、喋れる」

「うん、喋れる」


「じゃあ、その呪縛から解かれたのかい?」


「ああ、やり残した仕事が終わった」

「うん、昔、できなかった仕事が終わった」


婆さんは、レイの方に視線を向けて静かに語り出した。

「坊ちゃんには分からんかもしれないけどね。昔、その黒い剣と同じような剣を持ってきた人がいたんだよ」


かつて、黒い剣と酷似した剣が鍛冶屋に持ち込まれた。

しかし、それは研ぐことも打ち直すこともできず、全てが跳ね返されてしまった。


――何一つ成すことができなかった。


その無念は、爺さんたちの心に深く刻まれたままだった。

ある日、同じ材質の剣を持った老エルフが現れた。


その見事な仕上がりに心を奪われた彼らは、どうしてもその技術を教えてほしいと懇願する。


老エルフは首を横に振った。

「これは秘伝ゆえ、教えることはできぬ」


だが、彼らの熱意に心を動かされた老エルフは、ついに決断する。


「分かった。技は口伝でのみ伝えるものだ。だが、その手段を断たねばならぬ。声を奪わせてもらう代わりに、技そのものを刻み込もう。それでもよければ、伝授しよう」


彼らは、自らの声を差し出すことで、伝説の鍛冶技術を手に入れた。

老エルフは最後に、婆さんにだけそっと言い残していった。


「声は……自らの手で納得のいく業を成したとき、自然と戻るだろう」


それを言い残すと、老エルフはふっと姿を消したという。

以来、あの者たちは無言のまま、黙々と鍛冶を続けてきた。


静かな語りを終えた婆さんは、にこりと笑い、目の前のレイに向き直って言った。

「だから、払うのは手間賃の分だけでいいそうだよ。あんたが持ち込んだ素材なんだものね」


婆さんが穏やかに笑って続ける。

「鍔と柄、それに鞘を新調した分だけ。昔の約束を果たしたかったんだって。金貨二枚で十分だってさ。爺さんたちも、そう言ってるよ」


(いつの間に話が伝わったんだ……?)

レイにはまるで分からなかったが、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。それなら、その分をお支払いします」


そして、短剣とナイフを見て、ふと思いつく。

「この短剣とナイフは?」


「あまったから」

「うん」

またも短い返事が返ってくる。


婆さんが少し笑いながら補足した。

「素材が余った分で作ったんだよ。気に入ったなら、持っていっていいよ」


レイは少し考え、懐から数枚の金貨を取り出した。

「じゃあ、せめて材料費くらいは払わせてください」


そう言って金貨を差し出すと、婆さんは一瞬驚いた顔をしてから、ゆっくりと受け取った。

「まったく、律儀な坊ちゃんだねぇ」


こうして、レイは正当に代金を払って、新しい武器を手に入れたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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「あ、そうだ。『ん』の爺さん。あの宿屋ってなんで素亭っていう名前なの?」

「ん、素泊まりだから」

「それだけ?」

「ん」

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