第158話(真実の重荷)
レイがシルバーホルムへ向かっていたその頃、リリーはセリンの町に到着し、冒険者ギルドを訪れていた。
目的はセリアの所在を確かめるためだった。
ギルドの扉を開けると、見覚えのある顔がカウンター脇に座っていた。バランだ。
何人かの冒険者と談笑していたが、リリーの姿に気づいて目を丸くする。
「お久しぶり、バラン。元気そうね」
リリーが声をかけると、彼はぱっと立ち上がった。
「おおっ、リリーじゃねぇか! 本当に久しぶりだな!」
彼女の姿をまじまじと見てから、懐かしそうに笑った。
「それで、レイ君が聖者様になったって本当なの?」
問いかけに、バランは堪えきれずに笑い出す。
「本当だとも。あいつ、なんだかんだで町の英雄になっちまったよ。広場じゃ聖者グッズが飛ぶように売れてる」
リリーは眉をひそめて首を傾げる。
「聖肉串に、聖者汁…。怖くて口にする気にもならなかったわ」
「もったいねぇな。うまいんだぞ、あれ」
と、バランはどこからかレイを模した人形クッキーを取り出して見せた。
リリーは呆れたように目を丸くし、それでもついクスッと笑ってしまう。
「こんなのまであるのね…」
手渡されたクッキーを受け取りながら、小さく溜息をついた。
「で? “死神の微笑み”が、わざわざこんな田舎町に何の用だ?」
バランの口調がほんのわずか引き締まる。
リリーはやれやれといった表情で答えた。
「その呼び方、やめてって言ってるでしょ。私はもう引退したのよ」
「悪い悪い。で、今回は何の用だ?」
「セリアに、ファルコナーの件で少し話があって来たの」
そう言って、リリーは懐から一通の封書を取り出した。
封蝋には、ファルコナー伯爵家の紋章がくっきりと刻まれている。
それを目にしたバランは、一瞬だけ表情を曇らせてから頷いた。
「なるほどな。魔物使役薬の話ってわけか」
「まあ、そんなところよ。で、セリアがどこにいるか分かる?」
「ああ、それなら大広場の――」
バランが言いかけたところで、明るい声が飛んだ。
「リリ姉!」
セリアが叫びながらリリーに駆け寄り、そのまま抱きついた。
「一月ぶりくらい? どうしたの、セリンに来るなんて?」
「セリア、あなた、それ本気で言ってる?」
リリーは苦笑混じりに問い返した。
その様子を見ていたフィオナが、落ち着いた口調で挨拶する。
「リリー殿、お久しぶりです」
「ニャ、久しぶりだニャ、リリー」
サラも笑顔で言葉を添えた。
リリーは二人に微笑み返す。
「フィオナさん、サラさん、お久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
セリアは周囲を見渡してから、少しだけ声を落とした。
「でも、ここじゃ話しづらいから、どこか別の場所で話さない?」
「そうね。個室を貸してもらおうかしら」
リリーが頷くと、バランが紳士的に手を差し出し、カーテンで仕切られた個室を案内する。
「どうぞ、お嬢様方」
「ありがとう」
リリーは軽く頭を下げ、カウンター奥の小部屋に入った。
その中で、リリーは伯爵から預かった封書をセリアに手渡した。
セリアは黙って中身に目を通すと、今度はフィオナに書状を渡した。
フィオナも無言で読み進め、最後にサラへと手渡された。
セリアは封書の内容を思い返しながら、やや歯切れの悪い口調で切り出す。
「そのことなんだけどねぇ……」
封書には、命令書をどこで入手したのか、何を見て、何を知っているのかを報告するよう求める
文面が記されていた。
「多分、言っても信じてもらえない話になると思うわ」
前置きのあと、セリアは命令書を手に入れた経緯を語り始めた。
最初は静かに聞いていたリリーも、話が進むにつれて徐々に表情を曇らせ、やがて頭を抱える。
「それ、本当のことなの?」
リリーは信じられないといった顔でセリアを見た。
「どれ一つ取っても、世間を揺るがしかねない内容なんだけど……」
「でも、リリ姉もスレイプニルを見れば信じてくれるでしょ? 少なくとも嘘は言ってないもの」
セリアは微笑みつつも、その表情には不安が色濃く滲んでいた。
リリーは深く息を吐きながら言った。
「確かに、スレイプニルを見れば嘘じゃないって思えるかもしれないけど……」
そう呟くと、困惑したような顔を浮かべた。
「それにしても、迷いの森の踏破に、転移で帝国まで行って、それからスレイプニルを従魔に……それにレイ君の聖者認定までついてくるなんて。濃すぎるわ、話が!」
「そうなのよ。私もどうしたら良いか分からなくなってきたわ……」
セリアもため息まじりに応じた。
リリーは少し思案したあと、ぽつりと口にする。
「そうね、唯一の救いはレイ君が聖者認定されたってことかな」
「えっ、どういうこと?」
セリアが怪訝そうに聞き返す。
リリーは深刻な表情のまま説明を続けた。
「だって、転移で帝国に行けるって分かったら、それこそ国が動くレベルの話よ。しかも、レイ君とサラさんとスレイプニルがいないと森の道が現れないんでしょ? だったら、あなたたちのパーティは――国に囲われる可能性が高いわ」
リリーは一息つき、やれやれと肩をすくめる。
「まったく、よりによって国レベルの案件を引き当てるなんて、あの子らしいけど……」
そして続けた。
「でも、レイ君は聖者なんでしょ?」
セリアはその意味を悟り、静かに頷いた。
「ああ、なるほど。そうよね。確かに、それなら国も簡単には手を出せないわ。こりゃ、司祭様に相談した方が良さそうね」
リリーは少し間を置いてから呟いた。
「私も、転移を一度経験しておきたいわね。話だけじゃどうにも現実味がないし……そうでもしないと実感できないわよね」
「そうよね。にわかには信じられない話だけど……」
セリアも、ゆっくりと頷いた。
こうして、レイのいない場所で、事態は着実に進展していった。
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