第156話(コワイヨ〜シルバー)
セリンの町をシルバーと共に歩くこと二日。ようやく町の人々も落ち着きを取り戻したようだった。
しかし、道を通るたびに「シルバー様」「聖者様」と拝まれるのには、レイも困惑するばかりだった。
極めつけは、とある子供の一言だった。
「ねえ、お母さん、あのおじちゃん、馬を引っ張ってるけど、なんで乗らないの?」
その言葉に、レイの心に火がついた。
「……もう乗ってやるよ、見てろよ……!」
ただし、相手はただの馬ではない。伝説のスレイプニル――シルバーだ。
セリンに戻ってから、シルバー専用の鞍を用意し、ついに今日、初めての乗馬に挑むこととなった。
同行するのは、フィオナ、セリア、サラ。三人とも馬には乗れるらしい。乗れないのは、レイだけだった。
フィオナとセリアは町の牧場から馬を借りてきて、今日はレイの講師役を務めることになった。
一方、サラは腕を組みながら顔をしかめた。
「私より遅いから乗らニャい!」
彼女は自分の脚で走ることを選んだ。
四人はセリン東門の外、広がる草原で乗馬練習を開始する。
レイが馬にまたがろうとしたその瞬間、シルバーが突然動き出した。
「うわっ、おっとっと……!」
慌てて鞍に飛び乗ろうとするが、結局ずり落ちてしまう。
「これ……思ったより難しいな……」
今度こそ、と気を取り直して再挑戦。なんとか馬にまたがるも、視界が高くなった瞬間、足元に不安を覚えた。
「うわ、高っ……これが普通なのか?」
(レイ、高いところは平気なんじゃなかったんですか?)
アルが心の中で問いかける。
「いや、これは別だよ。自分の足で立ってるのと、馬に乗ってるのは訳が違うって!」
その時、シルバーがゆっくりと歩き始めた。
「おっ、動いた……おお、意外といけるかも……」
安堵したのも束の間、シルバーの歩みがどんどん早くなっていく。
「あれ? ねえ、速くなってない? ちょ、ちょっとシルバーさん!? は、早いってばーっ!」
慌てて手綱を引いたレイ。だが、その加減が分からず、つい強く引きすぎてしまう。
驚いたシルバーは首を高く上げたあと、竿立ちになった。
「うわああっ、やめてえええっ! 落ちる落ちるぅぅ!」
パニックのあまり、レイが手綱を緩めた瞬間――
シルバーは突如として爆発的な加速を見せた。
「ギャーーーッ! 速い、速すぎるってばーー!!」
風が顔に叩きつけられ、レイはしがみつくのがやっとだった。
「だ、誰か!止めてくれー! これ以上は無理だってば!!」
ようやくシルバーが少し速度を落とし、レイが安堵したのも束の間。
今度は道端の草に顔を突っ込んで食べ始める。
「……えっ、草? 今食うの? 止まったと思ったら、これかよ……」
なんとか首を引き上げようとするも、シルバーはびくともしない。
その様子を見ていたフィオナが馬を寄せ、笑いを堪えながら声をかけた。
「落ち着け、レイ殿。無理に引っ張ると逆効果だぞ」
「わかってるけど、言うこと聞いてくれないんですよ……」
フィオナは手綱の持ち方から丁寧に指導を始めた。
「力任せじゃなくて、意志を伝えるように引くんだ。優しくな」
彼女は自分の馬で実演してみせ、左右の誘導も軽くやって見せる。
「まずはリズムに合わせて、体を馬の動きに委ねるんだ。リラックスして」
レイもフィオナの言葉に従い、少しずつ体を揺らしてみる。
すると、シルバーも落ち着きを取り戻し、レイの指示に応じるようになってきた。
「おお……動いた。動いてくれた……!」
「いいぞ、レイ殿。その調子で慣れていけば、すぐに乗りこなせる」
フィオナは馬を駆って、先に進んでいった。
そこへセリアもやってきて声をかける。
「レイ君、だいぶ苦戦してたみたいだけど、大丈夫?」
「今は……なんとか言うこと聞いてくれてます」
そんなやりとりの最中、サラがジャンプシューズをフル稼働させてぴょんぴょん跳ねながら横を通過した。
「ニャハハ! シルバー遅いニャ〜!」
その言葉にシルバーが反応した。
「ちょ、やめろシルバー、煽りに乗るなっ!」
だが時すでに遅し。シルバーは燃えるようにサラを追い始めた。
「わあああああっ! 待って! シルバー、止まってえええっ!!」
レイの叫びも虚しく、シルバーはさらに加速。サラを追って跳躍まで始めた。
「ギャーーーッ! 何跳んでんのーっ!? いやーっ!!コワイヨーシルバーーッ!!」
草原にレイの悲鳴が響き渡り、誰も彼を止めることはできなかった――。
ようやく止まったシルバーから解放され、レイは地面にへたり込んだ。
「やっぱ、馬車がいいです…うちらパーティなんですし、荷物も多いし…馬より馬車の方が実用的だって、ね? ねっ?」
誰にというわけでもなく、懇願するように訴えるレイであった。
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