第154話 第五章 (伯爵の決断)
第五章のプロローグです。(説明回とも言うかもしれない…)
八月の初旬、ファルコナー伯爵の元に、薬師リリーから一通の書簡が届けられた。
伯爵はそれを静かに手に取ると、慎重に封を切った。
内容を読み進めるごとに、その表情は次第に険しさを増していく。
書簡には、ラドリア帝国の将軍レイヴンの名が記されていた。
北の辺境・フロストッチへ、魔物使役薬を運び込むための大量増産が命じられていたのだ。
さらに、同封されていた命令書には、レイヴン将軍の署名が入っていた。
それが本物であるならば、到底見過ごせるものではなかった。
「もしこれが本物なら……大変なことになるかもしれん」
伯爵は低く呟いた。
「王家に報告せねばなるまい。こんな薬がばらまかれれば、国家の安全すら揺らぎかねん」
一息つき、伯爵は眉をひそめながら書簡をじっと見つめる。
つい先日、魔物使役薬によるスタンピードという危機を経験したばかりだ。
その影響で、この書簡が自分の元へ届いたのだろうか。
誰が、いつ、どのようにしてこれを手に入れたのか。疑念が次々と浮かんでくる。
「執事を呼べ」
伯爵は落ち着いた声で命じた。
やがて執事が現れると、伯爵は静かに口を開く。
「帝国のフロストッチという都市の位置を確認してほしい。この地名がどこにあるのか、知りたいのだ」
執事は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに地図を持ってきて広げた。
そしてフロストッチの位置を指し示す。
地図は大まかで詳細には欠けていたが、今はそれで十分だった。
フロストッチは伯爵の領地から遠く北に位置し、通常はあまり注目されることのない地域である。
「こんな北の地に拠点を築こうとしているとは……」
伯爵は地図を睨むように見つめ、さらに疑念を深めた。
「帝国は、どこを攻めようとしているのだ?」
これでは埒が明かぬと判断した伯爵は、書簡を送ってきたリリーをすぐに呼び寄せるよう命じた。
ほどなくしてリリーが到着する。
伯爵は命令書を手渡すと、厳しい表情で問いかけた。
「この書簡、どこで手に入れたのか、詳しく教えてくれないか?」
「はい。これは、元Cランク冒険者で、レイジングハートに所属していたセリアから送られてきたものです」
「レイジングハートというと……あの毒薬を使った奴隷売買の件に関わっていた冒険者たちか。君もその一員だったはずだな」
「ええ。ですが、事件の後、私はこの町で薬師として活動しています。セリアは新しい冒険者パーティを組んで、再び冒険者として動いています」
「ふむ……行動力がある者のようだな」
「はい。彼女たちは、スタンピード直前にこの町から姿を消した黒いローブを被った男を追っていたようです。この書簡は、その調査の中で入手したものだと思われますが、詳しい経緯までは聞いていません」
伯爵は考え込むように視線を落とし、再び問いかけた。
「セリアたちが、どのようにしてこの情報を手に入れたのか、確認する必要があるな。だが、もしこれが事実なら……彼女たちは非常に危険な立場にいることになるぞ」
「ええ、それが心配です。手紙と命令書を送ってきただけで、詳細な報告は何も届いていません。何か大きな問題に巻き込まれているのかもしれません」
伯爵は一度目を閉じ、言葉を選ぶように口を開いた。
「……もしこれが真実なら、国家の安全に関わる重大な問題だ。この情報はすぐに王家に報告しなければならない。……だがその前に、セリアたちから直接話を聞く必要があるな」
「そうですね。彼女たちにファルコナーに来てもらうか、私が彼女たちのもとへ行くしかありません。
彼女たちがどれほど危険な状況にあるのか、そしてどのようにしてこの情報を得たのかしっかりと確認する必要があります」
「そうか。では君が、彼女たちに会いに行ってくれ。彼女たちが何を見て、何を知っているのか……それを王家に伝えるためにも、詳細な報告が欲しい。ただ、無理はするな。君まで行方知れずになっては元も子もない」
「わかりました。できるだけ早く彼女たちに会い、状況を確認します」
伯爵はリリーの決意を確認すると、静かに言った。
「リリー殿、貴殿の協力には感謝している。王国にとっても、貴殿の働きは極めて重要だ。ついては、正式な立場を用意させることにした。詳細は執事より伝えさせる。今後とも、慎重に頼む」
リリーは驚きつつも、感謝の意を込めて深く頭を下げた。
「ありがとうございます、伯爵様。その信頼に応えられるよう、最善を尽くします」
伯爵はリリーを見送ると、自らの執務机へと向かった。
王家への報告書を書き始める。
その手はかすかに震えていたが、決意は揺らがない。
この命令書が真実であれば、再びファルコナーが狙われる可能性がある。
国家全体が危機に瀕するかもしれない。
その責任の重さを背負いながら、伯爵は迅速な対応を心に誓った。
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