閑話 戦火の中で失われた光
レイの母親であるサティが幼くして宮廷魔導士となり、戦争で名を馳せるけど、最愛の息子を疎開させた先で失ってしまった(実際は生きてますが…)というお話しです。レイの幼い頃の記憶のシーンもあります。
サティは、エルトニアに近い村に住む一般の家庭に生まれた女児だった。
彼女は銀髪でエメラルドグリーンの瞳を持ち、その美しさに周囲の人々は目を奪われることが多かった。
五歳の初めに洗礼式を受け、その儀式で「マギの祝福」を授かった。
神聖な石に触れると周囲が光り輝き、「おお、これは!」と驚きの声が上がった。
サティが魔法の才能を持つことが明らかになったのだ。
「マギの祝福にてこれほどの恩恵を受けるとは、素晴らしいことだ」
教会の司祭が感嘆の声を漏らした。
魔力を持つと分かったサティは、教会の馬車で神殿に向かった。
そこで精霊の儀を受けたが、最初の神殿では魔法を授からなかった。
しかし、マギの祝福で最大とも言える恩恵を受けたサティを放っておく者はいなかった。
彼女は次に訪れた神殿で火の大精霊と契約を結んだ。
火の精霊と契約を結んだ者は灯火の術を教えられれば指先に小さな火が灯るが、サティの灯火は
松明のように明るかった。
「火の大精霊と契約を結ぶとは…本当に稀有なことだ」
神殿の神殿長は驚きの声を上げた。
教会はその知らせを王宮に伝えた。
「これは重大な報告だ」
王宮の使者は王にその名を伝えた。
サティが王宮に招かれたのは、まだ五歳の終わりの頃だった。
その年齢にもかかわらず、彼女が持つ炎の魔法の才能はすでに明らかであり、王宮の者たちから
期待が寄せられていた。
王宮に到着したサティは、厳しい修行の日々を送ることになった。
炎の魔法に関する訓練を本格的に始めたのだ。
そして、七歳を迎えた時、王宮の広場で初めてその力を試す場面が設けられた。
大勢の見物人が見守る中、サティは火の大精霊との契約によって授かった力を披露した。
広場に設置された巨大な木の柱に向かい、集中して炎の魔法を放つ。
次の瞬間、その柱は一瞬で燃え上がり、灰と化した。
その圧倒的な光景に、周囲の見物人たちは息を飲んだ。
驚嘆の声が上がる。
「これが、サティの炎の力か!」
宮廷の者たちもその実力に感嘆し、サティの名は瞬く間に広まった。
この出来事をきっかけに、サティは王宮内でさらに注目を集めた。
彼女への期待はますます高まった。
炎の魔法の訓練は一層厳しさを増した。
彼女は昼夜を問わず修行に打ち込んだ。
礼儀作法や戦術的思考、魔法を駆使した実戦訓練も加わり、
サティは王国を守るためのあらゆる技術を身につけていった。
時が経ち、サティは十七歳となった。
炎の力は、かつて王宮広場で披露した時よりさらに強力になっていた。
もはや誰もが彼女を、王国を守るための最強の魔導士として認めていた。
多くの戦闘訓練で無敗を誇り、その名声は王国中に広がっていった。
ついに、王から宮廷魔導士としての任命を受ける日が訪れた。
サティは王の前で膝をつき、静かに誓いの言葉を述べた。
「私は、王と王国に忠誠を誓い、その名のもとに、すべての力を尽くします。」
こうしてサティは、幼い頃から夢見ていた宮廷魔導士としての役割を正式に担うこととなった。
若さにもかかわらず、王国を守る重要な柱となり、王国中の人々にとって希望の象徴となっていった。
彼女の炎の力は、単なる魔法の範疇を超え、王国の未来を支える重要な存在へと成長を遂げたのだった。
しかし、イリシア王国の国力が増すことで勢力均衡が崩れるのを恐れたザリア国とエヴァルニア国の
密偵たちは、宮廷魔導士の力が一層強化される前に何とかしなければならないと判断した。
密偵たちはラドリア帝国の全面協力を得て、イリシア王国への侵攻を開始した。
これは帝国が仕掛けた巧妙な罠だった。
帝国は、イリシア王国とザリア国、エヴァルニア国の国力を同時に低下させることを狙っていたのだ。
一方的に攻め込まれ、王都の近くまで侵攻を許してしまったイリシア王国。
だが、サティ率いる宮廷魔導士軍は魔法を駆使して必死に防戦し、
「砦を取り戻せ!」と叫びながら戦った。
その結果、奪われた砦を奪還し、戦局を持ち直すことができた。
宮廷魔導士団は勢いを駆ってザリア国へ反撃を仕掛け、敵の勢力を徐々に押し返していった。
その中心にいたサティの炎は、敵を焼き尽くす猛火そのものだった。
しかし、その炎の熱が燃え尽きた砦の惨状を映し出すと、彼女の心は深く傷ついた。
「これが、私の炎の結果なのか……」
サティは己の力の恐ろしさに、静かに震えた。
戦いの中で誰よりも激しく戦い、誰よりも恐れられた彼女は、いつしか敵味方から
「紅蓮の魔女」と呼ばれるようになっていた。
だが、その名の裏にあるのは、強大な力を持つ者の孤独と責任だった。
そんな彼女を支えたのは、ハーデンレール男爵家のセドリックだった。
「サティ、君の炎は破壊だけじゃない。誰かを守るための力だ。もし君がいなければ、もっと多くの人が命を落としていただろう。だから、自分を責めるな。君の力はみんなの希望だ。僕がずっと君を支える。君は決して一人じゃない」
セドリックはしっかりと彼女の手を握り、温かな言葉をかけた。
その言葉に支えられ、サティは徐々に心の傷を癒し、戦争を乗り越えた。
戦後、二人は深い絆を結び、やがて結婚した。
戦争での功績により、サティには「ブラゼンハート」の家名が与えられ、男爵に叙任された。
やがて二人の間に息子が生まれた。
息子が四歳の頃、サティは自分の子が持つ魔力の波動を感じ取った。
それは彼女自身の魔力と同じほど強大で激しいものだった。
その瞬間、サティの心にはかつて戦場で見た焼け野原の光景が鮮明に蘇った。
恐怖と悲しみが胸を締め付けた。
この子にも何か別の魔法の才能があると感じたが、サティはそれを期待していなかった。
むしろ不安が募るばかりだった。
彼女は自分の魔力がもたらす危険性を知っていた。
戦場での経験から、簡単に人を殺せてしまう魔法の怖さを身をもって理解していた。
サティは息子が同じ道を歩むことを恐れ、彼にその運命を背負わせたくなかった。
「私の子が、また同じ道を歩むなんて…そんな運命を繰り返させたくない。どうして、こんなにも残酷な運命が続くのか…」
サティは心の中でそう強く願い、涙をこらえきれずにベッドに伏して泣き続けた。
「ママ、泣いてる。ママ、ママ」
幼い息子がサティの顔をのぞき込み、母の涙を拭おうと必死に繰り返した。
サティはその幼い声に気付き、かすかに微笑みながら言った。
「ごめんね、レイ」
しかし、サティは自分の心の中に生じた不安と恐れを消し去ることができなかった。
息子が自分と同じ運命を辿ることをどうしても避けたかった。
彼女はその思いを、セドリックに涙ながらに打ち明けた。
「セドリック、この子には…私と同じ魔法使いの道を歩ませたくない。
あの戦場の恐ろしい光景を、再びこの子に見せたくないの」
サティの声は震え、母としての深い愛情と恐れが滲んでいた。
セドリックは、友人である教会の司教デラサイスに相談した。
「サティが息子に洗礼式を受けさせたくないと言っています。どうすればいいでしょうか?」
サティは「洗礼式を受けることで、マギの祝福を受けてしまう」と心配していた。
洗礼式は住人として認める儀式であり、マギの祝福は在野の魔法使いを発掘するための儀式だ。
セドリックは、サティが戦争の惨状に心を病んでしまったことをデラサイスに打ち明けた。
このままでは妻の心が壊れてしまうと。
それを聞いたデラサイスは一計を案じ、「私が儀式を行ったことにしよう」と提案したが、
セドリックは言った。
「何か起きた時、君の名前に傷がつく。
それに王都では目が多すぎて、やっていないことが明るみに出る恐れがある」
その代わりに、
「田舎の村に一時的に疎開させ、そこで洗礼式とマギの祝福を受けたことにできないか?」と相談した。
北東方面の国の動きが不穏な中、サティは息子を安全な南西方面に一時的に疎開させる決断をした。
「これで息子は安全なの?」
不安を抱えるサティに、セドリックは答えた。
「南西方面ならば、少なくとも今の不穏な動きからは守れるだろう」
「リンド村に家を用意してある。
そこに長年男爵家に仕えてきた老夫婦にお願いして、私たちが無事に戻るまで息子を預かってもらうことにした」
「息子も老夫婦を慕っており、祖父母と孫にしておけば目立たずに済むだろう」
侍従だった老夫婦は「ブラゼンハート家が平穏でありますように」と語り、訓練の長い冬の間、子供と会えないことを了承した。
「訓練が終わったら、すぐに迎えに行くからね」と息子を抱きしめ誓った。
しかし訓練はすぐに中断された。
ザリア国が奪われた国土を取り返そうと攻撃を仕掛けてきたからだ。
訓練中の兵士たちは呟いた。
「また戦争なのか…」
ザリア国の一方的な攻撃に備え、国際的な非難を受け、一方的な交渉の末、ザリア国は地図上から消え去った。
しかし戦争は半年にもわたって続いた。
「まだ終わらないのですか…」
サティはため息をついた。
王都に戻ってすぐ、息子を迎えに行こうとしたサティを待っていたのは、息子の訃報だった。
侍従だった老夫婦の息子が知らせを届けてきた。
その知らせを聞いた瞬間、彼女の心は凍りつき、全身から力が抜けていった。
息子の笑顔や声が頭に浮かび、信じられない思いで何度も自分に問いかけた。
「嘘よ…そんなはずがない…」
サティとセドリックは一刻の猶予もないと感じ、リンド村へ直行した。
そこで彼らが目にしたのは、荒れ果てた村の惨状だった。
サティはその光景に言葉を失いながらも、息子の安否を確認するため、すぐにセリンの役場へと向かった。
役場でリンド村の住民名簿を手に入れ、震える手でページをめくる。
名簿には、生存者と犠牲者の名前が記されており、犠牲者の名前には無情にも線が引かれていた。
そして、名簿の最後に、横線が引かれた「レイ」の名前を見つけた瞬間、サティは膝から崩れ落ちた。
彼女の目から溢れ出た涙は、全てを失ったという絶望を象徴するかのように、静かに流れ落ちた。
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