閑話 揺らぐ計画
レイたちに黒いローブの男と呼ばれていたマルコムは、ファルコナーを引き払う際にドクター・サイモンに
指示を出し、開発中だった薬瓶に「魔物使役薬」と書かれたラベルを貼らせた。
どの瓶が本物か分からなくするためだ。
これで、ドクター・クラウスの犯行に見立てることができるはずだった。
独房に入れられたクラウスが何を言おうが、家から証拠が見つかれば、彼の運命は決まったも
同然だと考えていたのに、彼が呆気なく死んでしまうとは。
クラウスもまた、自分の計画通りには動かなかった。
マルコムは、偽の奴隷売買の契約書にクラウスの直筆の書類を仕込み、それを衛兵隊の詰め所に
自ら運ばせるつもりだった。
しかし、クラウスはファルコナーに魔物を呼び寄せ、スタンピードを起こし、自らも門から落下して
死んでしまったという。
クラウスが死亡したことは計画の一部として利用できるものの、その行動が思い通りに進まなかったことが、
マルコムの心に引っかかっていた。
そして今朝、マルコムのもとにシャドウクロウが飛んできた。
ドクター・サイモンからの緊急連絡を運んできたのだ。彼は拠点としている屋敷に向かいながら、
その内容を反芻していた。
メッセージには、書き急いだような文字でこう記されていた。
「昨夜、ドクターサイモンに変装した何者かが潜入し、命令書を盗んでいった」
命令書はラドリア帝国将軍レイヴン閣下からのもので、宛先はドクターサイモン。
使役薬の増産を命じる内容で、今年末までに大量の薬をフロストッチの砦に運び込むよう指示されていた。
命令書の盗難を受け、マルコムは考え込んだ。
「ラドリア帝国の北方にあるこの都市で、ピンポイントで拠点を見つけられる組織とは一体何者なのか……」
「しかも、この拠点は新たに購入し、機材を運び込んでからまだ一月も経っていない。
それなのに、なぜこんなにも早く嗅ぎつけられたんだ?」
マルコムは深く息をつき、頭を抱えた。
「誰かが裏切っているのか、それとも……思わぬ情報漏洩か……」
彼の額には汗がにじむ。
急ぎすぎた動きが仇となったのか。手を打つ時間が足りなかったのか。
不安が胸を締め付けるが、それでも動かなければならない。
「このままでは、こちらの存在がバレバレだ……早急に移動するしかない」
拠点がすでに探られた以上、もはやここに留まるわけにはいかない。
マルコムは組織内で緊急案件を発し、使役薬を作るための機材を別の拠点へ移動することを決めた。
しかし、大勢で一斉に引っ越しをすれば、再び敵に見つかるリスクが高まる。
それを避けるため、マルコムは次の日の新聞に暗号を仕込むことにした。
その暗号を通じて仲間たちに拠点移動を打診する。
「至急!F拠点廃棄、B村三十三へ移動。機材運搬、協力求む」
ダミー用に買い揃えた家財道具をどうするか。マルコムは考え込んだ。
拠点を短時間で突き止めた相手だ。
何かのきっかけで家財道具が手がかりとなり、身元がバレてしまう可能性がある。
そんな事態になればすべてが終わる。
家財道具を他の拠点に移すか、それとも完全に処分するか。どちらにせよ迅速に決めなければならない。
もし次の拠点まで暴かれてしまえば、マルコムの行く末は定かではない。
彼は一抹の不安を抱えつつも、慎重に行動を急いだ。
レイたちの偶然の行動が、マルコムを追い詰め始めていた。