第15話(コインを飛ばす魔法)
教会から出た二人は、大広場を一周して孤児院のお土産になる肉串を人数分買った。もちろん、費用はレイが負担した。
大広場の端で待っていたシスター・ラウラは、レイが肉串を買って戻ってくると、
「夕飯が終わったら、もう一度院長室に顔を出しな」
と告げたが、その表情からは未だ納得していない様子だった。
孤児院に戻ると、食事の準備が整っていた。テーブルには、イモとタマネギが入った野菜スープに穀物と豆の煮込み、そしてパンが並んでいた。レイは皿を用意してもらい、買ってきた肉串をその上に置いた。
「やった、肉だ!」
と子供たちは大喜びである。
「ほら、みんな静かにしな。人からもらったものには感謝するんだよ」
とシスター・ラウラが注意すると、子供たちは、
「ありがとう、レイ兄ちゃん」
と口々にお辞儀した。
食事が終わり、一息ついているとシスター・イリスとセルデンがやってきた。
「最近、ちゃんとやってるのか気になってさ。でも、無茶とかしてないなら別にいいんだけどね!」とイリスが問いかけてきた。
「うん、ようやく次のランクが見えてきたかな」とレイが答える。
「慣れてきた頃が一番危ないんだからね。自分ができると錯覚して自信を持った時が、一番怪我をするんだから。だから、ちゃんと気をつけなさいよ!」
とイリスに注意されてしまった。
どこで覚えてくるのか分からないが、一段と説教じみてきた。やはりシスターになると自覚が生まれるのだろうか?
セルデンも何か話したそうな顔をしているので、声をかけてやる。
「セルデンの方はどうなんだ?やりたいこと決まったか?」
するとセルデンは嬉しそうに、
「オレは作物を育てたいかな。今日の野菜スープのイモとタマネギはオレが自分の手で一から育てたんだぜ」と自慢げに答えた。
「農作物を育てる土地とかどうするんだ?」
とレイが尋ねると、セルデンは少し考えてから答えた。
「来年には、ここを出なくちゃならないから最初は小作人として雇ってもらうつもりだよ」
「そうか、頑張れよ」とレイが励ましの言葉を送ると
「でも、いずれ自分の土地が欲しいんだ」とセルデンは続けた。
セルデンも自分のやりたいことを見つけたんだな。とレイは思った。
イリスとセルデンと旧交を温めていると、シスター・ラウラが立ち上がり、院長室のドアを親指で指した。
レイは頷き、シスター・ラウラと共に院長室に入った。
「イリスとセルデン、立派に育っただろ?」
とシスター・ラウラが一言い、少し微笑んだ後、真剣な表情に戻った。
「さて、本題に戻るけど、おかしな事が二つ見つかったねぇ」
とシスター・ラウラが言う。
「オレに魔力があったことと、名簿に名前が載ってたことですよね」
とレイが言うと、シスター・ラウラは
「そうだ」
と言わんばかりに頷いた。
そしてしばらく無言で考えたあと、
「まずは黙ってアタシの話を聞きな。」と言うと話を始めた。
「いいかい、魔力っていうのはただ持ってるだけじゃ、魔法にはならないのさ。だから魔力があると分かった子供は、神殿に連れて行って精霊と契約を結ばせる必要があるさね。精霊との契約には精霊石が必要だからね」
シスター・ラウラは、ここまでは良いか?という顔をしてレイの顔を覗き込んだ。レイは黙って頷くとシスターラウラは続きを話し始めた。
「それでだ、その精霊石っていうのは何処にでもあるもんじゃない。精霊石は精霊の棲家でもあるから、神聖な場所に置いておく必要があるのさ」と続ける。
「それだけ神聖なもんだから、人が多いとこには置けない。だから、ここから一番近い神殿まででも、馬車で三日かかるんだよ。そこまで行って儀式を受けたなら、五歳の子供だって覚えてないわけないだろ?」と言ってシスター・ラウラはレイを見た。
レイはうんうんと頷いた。
「アンタには魔力があった。でも司祭様はそれを隠そうとした。だから洗礼式とマギの祝福を済んだことにして名簿に書いたんだろうね。理由は分からないけど」と続けた。
レイは恐る恐る手を挙げシスター・ラウラを見た。
シスター・ラウラは
「何だい?」と言いながら顎をしゃくった。
レイは「書庫に居た時も気になったんですが」と前置きしつつ、「『マギの祝福』って何ですか?」と質問した。
シスター・ラウラは「あぁ」と納得したあと
「マギの祝福って言うのは、エーテルクォーツを触らせて魔力の有無を確認する儀式のことさね」と答えた。
そこで会話が一瞬途切れた。
「ったく、あんたは、話の腰を折るんじゃないよ!何を言うか忘れちまったじゃないか!」とシスター・ラウラに怒られた。
いきなり怒られて「ええぇっ!」と言いながらたじろぐレイ。理不尽である。
シスター・ラウラはブツブツと文句を言ってたが、やがて言うことを思いついたのか再び話し始めた。
「今日、あんたにエーテルクォーツを触らせたけどね、魔力があるかどうかは本来、子供のうちに調べておくもんなのさ。精霊様ってのは、純粋で清らかな心を持った子供に、より強く感応するって言われてるんだよ。だから、誠実さや純粋さを持ってるうちじゃないと、契約してくれないのさ」
「それにね、精霊は子供と一緒に成長するもんだ。だからこそ、その成長に合わせて新しい魔法や能力も芽吹いていくわけさ」
レイが「じゃあ、オレに魔力があっても、もう遅いってことですか?」と聞くと、シスター・ラウラは口元を緩めて、
「アンタは天然だからね。もしかしたら精霊様の方が面白がって契約してくれるかもしれないよ」とクツクツ笑った。
「稀にね、神殿まで行ったのに精霊と契約できなかった子供もいたんだってさ。そういう子は手を使わずにコインを浮かせたり、ドアを開けたりして、大道芸人みたいな真似をしてたらしいよ。……レイも修行して大道芸人にでもなってみるかい?」
「嫌ですよ、そんなの!」とレイは苦笑した。
「ま、そんだけ魔法使いになるのは狭き門ってことさ。この町にしたって、魔法使いは片手で数えるほどしかいないだろうさね」
「そんなに少ないんですか?」と問うレイ。
「ああ、そんなもんだ」と返すシスター・ラウラ。
「とにかくだ。前の司祭様は、子供の才能を潰すようなことをする人じゃなかったよ。情に厚くて、誰にでも優しかったんだ」
そう言いながら、彼女は机の前を離れてレイのそばまで歩み寄ると、静かに視線を遠くへ向けた。
「だから、レイ。あんたも闇雲に恨んじゃいけない。
この孤児院があるのも、畑があって腹いっぱい食べられるのも、
あんたたちが読み書きできるようになったのも……
みんな、レオニウス司祭が尽くしてくれたおかげなんだよ」
レイの洗礼式がらみで何かがあったのは間違いないが、これ以上調べても情報が足りないことだけは分かった。
四大魔法の夢も、絶たれてしまったかもしれない。
レイは落胆の色を隠せなかった。
そんなレイの肩に、シスター・ラウラはそっと手を置く。
「あんたが今まで培ってきたものが失われた訳じゃないんだ。
全ての経験はレイの中で積み重なっていき、それはやがて自分の糧になるもんなんだよ。
だから今まで積んできたその経験を伸ばしな。そしてやる前から後悔せず、やってから後悔しな」
そう言って、ラウラはレイの頭を軽くポンポンと叩き、何気ない足取りで部屋を出ていった。
部屋からシスターが出ていくとアルが話しかけてくる。
(レイ、先ほどシスターが話していたコインを浮かすとかドアを開けるのを突き詰めていけば、使えるかもしれませんよ)
「それって大道芸人としてか?」とレイが問うと、
(冒険者に役立つ方法としてですよ)と返してきた。
「役に立つとは思えないんだけどなぁ…。」
(中途半端にやれば他人のマネになりますが、とことんやれば他人がマネできないものになります。ダメで元々じゃないですか?何だって使えるようになれば切り札になりますよ)
レイは、「そうだな。ダメで元々だ。元々使えなかった力を使えるようになったんだから」と自分を言い聞かせるように呟いたのだった。
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