第153話(リーフ村への帰還)
レイは滑空というよりは、落下速度を抑えつつ、方向をコントロールしながら東の丘の屋敷が立ち並ぶ区域から離脱した。途中、茂みに身を隠してシャツを着直すと、衛兵や見物人が向かうのとは逆の方向へと急ぐ。
仲間と合流するためだ。
アルによれば、完全に滑空するにはナノボットが圧倒的に不足しているという。
レイは内心で苦笑しながら、つぶやいた。
(ねぇ、オレの身体って今、どうなってるの?)
(健康そのものです。食生活・睡眠習慣も理想的ですね)
(いや、だからそうじゃなくて……もういいや)
(さぁ、宿に着きましたよ)
宿屋に入り、三人が泊まっている部屋のドアを開ける。
フィオナ、セリア、サラが心配そうな顔でレイを迎えた。しかし、サラだけは少し違った様子だ。
セリアが真剣な表情で一歩近づき、優しく問いかける。
「帰ってきた。怪我はない? どうだったの?」
レイが軽く頷くと、フィオナがやや緊張した声で尋ねた。
「レイ殿、無事で何よりだ。で、首尾はどうだったのだ?」
サラは最初こそ心配そうに見ていたが、やがて好奇心を抑えきれず、目を輝かせながら聞いてくる。
「少年、あれをやったのかニャ?」
レイはサラを一瞥し、苦笑しつつ肩をすくめた。
「やらされましたよ」
そう言うと、皆の方へ向き直り、テーブルの上に屋敷から持ち帰った命令書を置いた。
三人は無言のまま書簡に目を落とし、次第にその顔色が変わっていった。
セリアは一瞬、書簡を凝視した後、青ざめた顔でレイを見て、震える声で問いかける。
「う、うそ。それじゃ今、こっちが手を出したら逆に捕まるのは私たちってこと?」
サラは額に手を当て、困惑したように呟いた。
「なんだか、話が大きくなりすぎて実感がわかニャい!」
フィオナも書簡をじっと見つめたまま、険しい表情で眉をひそめる。
「これは……次の手をどう打って良いやら……」
その時、サラが誰に向けるでもなく、小さく呟いた。
「これが……国家の陰謀ってやつかニャ……?」
その言葉が、部屋の空気を一層重く沈ませた。
レイはそんな彼女たちの様子を見て、やや自嘲気味に微笑む。
同時に、少しでも安心させる言葉を探していた。
「とりあえず、明日ここを出ませんか?」
レイは落ち着いた声で提案した。
「ここに居座っても、解決しそうにないことは分かりました。それに、自分の目的も果たせましたしね。あのお屋敷を見たことで、少しですが、昔の自分の記憶を辿る手掛かりが得られたと思います」
フィオナとセリアは顔を見合わせ、その言葉の重みを噛みしめているようだった。
サラも黙って頷く。
「そうだな」
フィオナが言葉を選びながら、慎重に応じた。
「ここに来た当初の目的は、レイ殿が屋敷を見て過去を思い出すきっかけを探ることだった。しかし、今は……大きく事態が動いてしまった」
セリアも静かに頷く。
「相手は、私たちがどうにかできる相手じゃないわ。これからは、もっと慎重に動かなければならない。……このことは、リリ姉にも伝えなくちゃならない」
レイは彼女たちの反応を見て、自分たちが置かれている状況の深刻さを再認識する。
それでも、少しだけ肩の力を抜いた。
そして、ふと思い出して言葉を継ぐ。
「それに、シルバーも森で待ってるだろうし。何より、迷いの森ダンジョンをこちら側から入って無事にリーフ村に戻れるかも、ちょっと心配ですしね」
サラが不安げな声を上げる。
「そうニャ。シルバーが心配だニャ」
フィオナも頷いた。
「確かに、こちらから迷いの森ダンジョンを突破するのは、簡単ではないだろう……」
レイは軽く息を吐き、微笑みながら言う。
「アルが、『まずはここを出て、次の策を練りましょう。そして、もう少し手掛かりを探してみましょう』って言ってます」
三人はようやく、少しだけ緊張を解いたようだった。
その言葉に、わずかな安心が宿る。
***
行きほどではないが、コニファー村への帰路を半日と少しで走破したレイたちは、そのまま森の中へと進んだ。
深部に入ると、やはり方位を狂わせる罠と魔物とのエンカウントが急増したが、彼らはそれらを難なく突破していった。
行きと違ったのは、現れた魔物がどれもDランク程度の強さであり、レイたちにとっては大きな脅威とはならなかった。
やがて、森の深部にある草原に辿り着く。
そこには、シルバーが待っていた。
シルバーは「ヒヒィン」と鼻を鳴らすと、レイたちの前へと歩み寄り、ゆっくりと頭を下げて
その額を地面に触れさせた。
次の瞬間、ゴゴゴゴッという重々しい音が響き、地面から石碑が姿を現した。
「あ、またこれね?」
レイたちは、すっかりこの光景に慣れた様子だった。
彼らは三回ほど勝負を行い、最後のレースではサラが鼻差で勝利を収める。
その瞬間、森の道が解放された。
シルバーも譲らない性格だったが、サラもまた負けず嫌い。
一人と一頭の勝負は、毎度白熱していた。
しかし、四回目のスタートラインに着く前に、フィオナとセリアがそれぞれ一人と一頭を引き剥がし、ようやくレースは幕を閉じた。
リーフ村のギルドに到着すると、レイたちはダンジョンから無事に帰還したことを報告した。
手続きを終えた後、セリアはギルド便ではなく、冒険者への正式な依頼として、リリー宛ての手紙とともに
フロストッチの屋敷で入手した証拠の命令書を送ることにした。
彼女はこの情報をリリーに伝え、ファルコナー伯爵にも一報を入れてもらうよう頼んだのだった。
おそらく、権力には権力で対抗するしかないと考えたのだろう。
だが、レイたち全員が心の底で願っていたのは――これが全面戦争の引き金となることなく、事態が穏便に解決されることだった。
第四章 完
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