第151話(レイの潜入任務)
レイは闇の中、黒ずくめの服を纏い、まるで影の一部となるかのように屋敷へと潜入していた。
目的はただ一つ。白衣の男と黒いローブの男の素性を突き止めること。
気分はまさに影の密偵モード。彼の動きには一瞬たりとも無駄がなかった。
(なぁ、アル。このシャツどうなってるんだ? いきなり色が変わったんだけど)
(周囲の環境に合わせて服の色や質感を変化させるエンチャント機能をオンにしました。
これにより使用者は背景に溶け込み、敵に見つかりにくくなります。今は夜ですので、黒くなっていますね)
(それって、この前、神殿に行った時、スイッチを付けたから?)
(そうです。それでこの機能をオンにしました)
(じゃあ、普段からオンにしてもよかったってこと?)
(それはお勧めできません。周囲の環境に合わせて色や質感が変わるので、見ている者は驚くはずです)
(じゃあ、この黒い端末はどうして復活したんだ?)
(それはバッテリーセルの一時的な回復です。また、すぐに使えなくなります)
(そうか、残念だな〜)
レイはアルの説明に納得しつつ、気を取り直して行動を続けた。
アルは、光充電によってランドゲージ端末が復活していることも知っていたが、それについては
何も言わなかった。
今のレイは、闇に紛れる影の密偵そのものだった。
魔力鞭を細く変形させて窓の隙間からフックを器用に外し、静かに屋敷内部へと侵入する。
彼の動きは、まるで闇の中を滑るように、音もなく行われた。
これはアルの「サイレントステップ」と呼ばれる新機能のおかげだ。
ナノボットが足裏や音が出そうな部分に集中配置され、接地面の振動を吸収しているため、
レイの足音は完全に消されていた。
さらに「ナイトビジョン」機能も動員されていたおかげで、視界は暗闇の中でもクリアに保たれている。
どんなに光が乏しい場所でも、彼の目には障害がなかった。
周囲の状況を鮮明に把握しながら、敵の動きを見逃さず、次のステップを冷静に計画する余裕すらある。
すべての機能を駆使しながら、レイは慎重かつ迅速にミッションを進めていった。
侵入した部屋は静寂に包まれていた。
レイは黒い端末のスイッチを入れ、それを手に取ると、部屋を一周させる。
これで、一階部分のマッピングは完了だ。
だが、安堵する間もなく、黒い端末が突然振動を始めた。
アルの説明によれば、これは生命体の接近反応を知らせるためのもの。
音を立てると敵に気づかれてしまうため、警告は振動のみで伝えられるようになっている。
敵が近づくにつれて振動は次第に速くなり、そのピークに達した瞬間、ドアがガチャリと開いた。
レイは咄嗟にドアの後ろに身を隠し、息を殺して見張りをやり過ごす。
「ふぅ…」
小さく息を吐いてから、そっとドアを開けて廊下へ出た。
中腰の姿勢で次の部屋へと静かに移動し、慎重に中の様子を確認する。
誰もいないようだ。端末の表示も、敵がいないことを示している。
「楽チンだな」
レイは心の中で呟いた。
だが、ずっと端末を見続けると光が漏れてしまう。そのため、すぐにポケットへと仕舞った。
任務はまだ始まったばかり。白衣の男と黒いローブの男の秘密を探るためのスニーキングミッションは、
ここからが本番だった。
廊下を音を立てずに進んでいると、またしても端末が振動する。
見張りがこちらへ向かってきているようだ。
レイは端末を取り出し、位置を確認する。
すると、後ろからも別の見張りが来ていることが判明した。
焦りが募る中、咄嗟に判断を迫られた。
「やべーっ、挟まれてるじゃん…!」
(レイ、天井に張り付いてやり過ごしましょう)
(どうやって?)
(手と足で壁に突っ張って張り付くのです)
時間がない。
レイはすぐに行動に移った。
ジャンプして天井近くに手足を広げ、壁に突っ張るようにして体を固定する。
その姿は、まるで蜘蛛のよう。
さらに、服も天井の色に合わせて変化していった。
(蜘蛛みたい…)
思わず、レイ自身もその異様さに驚く。
見張りたちは彼の真下で、何かを話し始めた。
(なんでそこで喋り出すんだ。ちゃんと仕事しろよ!)
レイは心の中で文句を垂れる。
だが、アルの冷静な声がすかさず響く。
(見張りがちゃんと仕事したら、捕まりますよ)
確かにその通りだとレイは納得し、見張りが通り過ぎるのを静かに待った。
ようやく静けさが戻ったところで、レイは天井から慎重に降りる。
廊下の奥へと足を運ぶと、今度は小さな物音が背後から聞こえた。すぐに振り返るが誰もいない。
――と思った瞬間、端末が震えた。
表示を見ると、今度はすぐ右手の角を曲がったところに見張りが一人。距離はおよそ三メル。
(マズい、今動けば音が響く…)
レイは目についた脇の戸口に飛び込み、扉をそっと閉じた。
そして、すぐにアルに声をかける。
(この部屋、何?)
(納戸のようです。物陰に隠れましょう)
中は狭いが、棚の裏に身体を押し込むようにして隠れる。
外から足音が近づき、扉の前でぴたりと止まった。
(まさか入ってこないよな…?)
不安がよぎったが、ドアノブは動かない。
数秒後、足音は遠ざかっていった。
(ふぅ……)
汗がアルの演出とは知らず、レイは額の汗を袖で拭いながら、再び廊下へと出た。
スニーキングミッションはまだ始まったばかり。
レイは自らに言い聞かせるように、息を殺して次の動きを考える。
(スニーキングミッションはまだ始まったばかりって、あと何回、思わなきゃならないんだろ?)
(なら、思わなければ良いのでは?)
(それじゃ緊張感出ないだろ!)
(それを考えている時点で、緊張感は微塵も感じられませんね)
(そんな〜)
※ ※ ※
宿屋の一室では、フィオナ、セリア、サラが不安げに待機していた。薄暗い室内に、かすかな緊張が漂っている。
「レイ君、大丈夫かしら…心配だわ」
セリアがぽつりと呟く。
「でも、仕方あるまい。あの技術を見せられたら、私たちでは一緒に潜入するのは無理だろう」
フィオナが冷静に返した。
サラは少し気楽な調子で口を開く。
「そうニャ。少年は密偵だったニャ。まるでどこかのエージェントみたいニャ!」
三人は、夕方に目撃した黒いローブの男と、白衣を着た科学者風の男がいた屋敷に潜入し、
証拠を集めるという計画を立てていた。
三年前の奴隷売買の件、そしてつい最近ファルコナーで起きた魔物使役に関する件。
それらを結びつける情報が見つかれば、犯人たちを追い詰める手がかりになると考えたのだ。
誰が潜入するかという話になったとき、レイがアルの力を借りてその大役を担うことになった。
「まあ…あれを見せられたら、仕方ないわよね」
セリアがため息をつく。
「そうだな。あれは本当にすごかった」
フィオナも同意して頷いた。
「誰もあんなこと、普通はできないニャ」
サラも感心したように口を開く。
三人はそれぞれの思いを胸に、レイの無事を祈りながら、静かにその帰りを待ち続けていた。
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