第148話(知られざる地へ)
「ここは…どこ?」
迷いの森ダンジョンを抜けた一行の目の前に広がっていたのは、まったく見覚えのない風景だった。
一見すると普通の村だが、家々の造りがどこか違っている。
建物は頑丈な石造りで、木材も分厚い。屋根は急勾配で、雪国の建築様式を思わせた。
フィオナが少し考え込み、口を開く。
「やはり、あの森の中で転移させられていたんだろうな」
セリアも驚いたように呟いた。
「これはすごいことになっちゃったわね…」
レイは呆れた声で言う。
「いやいや、みんな当事者ですよ」
セリアは軽くため息をつきながら、不安げに辺りを見渡した。
「それは分かってるわ。問題はここがどこなのか?よね」
レイが村に向かって歩き出すと、シルバーもそれに合わせて動き始めた。
セリアは慌ててレイを呼び止める。
「ちょっと待って。流石にスレイプニルを連れて行くと混乱しかねないわ。私が聞いてくるから、ここで待ってて」
そう言い残して、セリアは村の方へと向かっていった。
レイはその背中を見送りながら思い出す。
(そういえば、自分も初めてシルバーを見たときは固まったな…)
そう苦笑しつつ、彼はその場に残ることにした。
サラはセリンで買ったワイルドジャーキーをかじりながら、リラックスした様子で立っている。
その見た目からは想像できないが、レイは内心で「どこにそんなに食べ物が入ってるんだろう」と不思議に思った。
一方で、フィオナは周囲を警戒しながら慎重に視線を巡らせている。
その姿は、まさに頼もしさの象徴だった。
レイは聴力強化を使い、セリアと村人の会話を拾った。
「…ああ? ここはコニファー村だべ。あんた、どっから来ただべ? 何でそんなこと知らねぇだべ?」
「コニファー村?」
セリアが聞き返す。
「この近くに、セリンって町はありますか?」
「そんな町しらねぇだべ。この近くの町はフロストッチだべ。その先はノースレッチ」
「ありがとうございます」
セリアは一礼して村人から離れた。
村人は彼女を一瞥したが、すぐに興味を失ったように家の中へと入っていく。
戻ってきたセリアが、全員に情報を共有した。
その瞬間、フィオナの顔色が一気に青ざめた。焦りを隠せず、明らかに動揺している。
心配したセリアが尋ねる。
「どうしたの? 顔色悪いけど」
フィオナは声をひそめ、全員に向かって言った。
「ちょっと近くに集まってくれ。それと、声を出さずに聞いてくれ」
そして続ける。
「最後に『チ』がつく地名だが、我々が住むイシリア王国には、そんな地名は無いんだ」
全員が驚きの表情を浮かべる。
「そして、地名の後ろに『チ』が付く国で最も可能性が高いのは、ラドリア帝国だ」
セリアの表情が変わり、サラも驚いた様子を見せた。
ただ、レイだけはラドリア帝国について詳しく知らない。
フィオナが続ける。
「ラドリア帝国の首都はラドリアッチ。そしてイシリアに最も近い町はレドイッチ。普通は船で小国を経由しないと直接行けない場所だ。私もそれくらいしか知らないが…」
レイ以外のメンバーは、転移によって敵国へ飛ばされた可能性に気づいた。
数年前まで戦争をしていた国だ。関所を通らずに入国したとあっては、下手をすれば身柄を拘束される恐れがある。
サラが慎重に尋ねる。
「どうするニャ?」
セリアは悩み顔で言った。
「そうね、困ったわね…」
フィオナも思案する。
「まだここがラドリア帝国と決まったわけではないけれど、どうやって確かめるか…」
その時、レイが軽い調子で声をかけた。
「すみません。みんな真剣な顔をしてどうしたんですか?」
セリアがレイに視線を向け、少し厳しい表情で言う。
「レイ君、お勉強に社会の科目を追加しましょうか?」
フィオナも続ける。
「レイ殿、イシリア王国が数年前まで戦争をしていたのを知らないか?」
レイは答えた。
「知ってはいますけど、戦争した相手って、小国家連合のザリア国とエヴァルニア国じゃないんですか?」
フィオナが問いかける。
「ふむ、では、その小国をそそのかして戦争を仕掛けさせた国は?」
レイもようやく気づいたように言った。
「それがラドリア帝国なんですか?」
フィオナは頷いた。
「そうだ。そして、今いる場所がラドリア帝国の可能性が高い。しかも、我々は通行許可証も無しに、ここにいることになる!」
レイは真剣な表情で頷いた。
「なるほど、分かりました。じゃあ、ラドリア帝国かどうか確認してきます!」
そう言うが早いか、村へ向かって走り出した。
「…あ、レイ!」
セリアとフィオナが同時に叫んだが、レイはそのまま駆けて行ってしまう。
慌てて追いかける三人。
ちょうどレイが村の教会に入るのが見えた。
「しまった。遅かった…」
セリアが呟く。
サラだけは状況が掴めず、首をかしげていた。
「ニャにがそんなに問題ニャの?」
教会の中には、穏やかそうな司祭がいた。
レイは少し緊張しながら、言葉を選んで話しかける。
「あの、すみません。ちょっとこの場所がどこなのか知りたくて…」
司祭は怪訝そうな顔をしながら、レイを上から下まで観察した。
「君はどこの者かね? 見慣れない服装だし、ずいぶんと無頓着な風貌だが、どうしてこんな所に?」
レイは言葉に詰まり、困ったように答える。
「えっと、その…実は、少し迷ってしまって…」
司祭はますます怪しんだようで、矢継ぎ早に質問を続ける。
「君は旅人か? ここは観光地でもないし、何をしに来たのかね?」
質問攻めに焦り始めたレイ。
言い淀みながらも、ふと思い出したようにポケットから指輪を取り出した。
「これを見てもらえますか?」
その瞬間、司祭の目が大きく見開かれた。
そして、態度が一変する。
「こ、これは…聖者の証!」
司祭は目を丸くし、すぐに頭を下げて深々と礼をした。
「失礼いたしました。まさか聖者様とは知らず…このような場所でお会いできるとは、思いもよりませんでした」
さらに、なおも頭を垂れたまま続ける。
「お助けできることがあれば、どうかお申し付けください!」
戸惑ったレイは、慌てて答えた。
「あ、いや、本当に大丈夫です。ただ、この場所がどこなのか知りたかっただけで…」
司祭は慌てながら言った。
「この地はラドリア帝国の北にある、コニファー村でございます。聖者様がこのような辺境にいらっしゃるとは、我々にとってこの上ない光栄です!」
レイは内心で叫んだ。
(うわ、やっぱりラドリア帝国か…!)
「ありがとうございます。それでは失礼します!」
早口でそう言うと、そそくさと教会を出て行く。
背後から司祭の声が響いた。
「お待ちください、聖者様!」
だが、レイは振り返らず、そのまま全速力で逃げ出した。
教会から少し離れた場所で足を止め、息を整える。
「こんなに効き目があるなんて…この指輪、怖すぎだろ…!」
レイはぽつりと呟いた。
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