第146話(古代の遺物と新たな仲間)
レイたちは温泉を出て着替えると、すぐに元来た道を引き返していった。
その間、レイの顔はずっと真っ赤なままだった。
温泉で温まったからではない。別の理由で赤くなっていることは、フィオナもセリアも十分に理解していた。
「魔物との戦いに夢中になってたから、何も見えてないわよ」
「そ、そうだ! 何も見ていない!」
そう言う二人だったが、その態度がかえって怪しい。
レイは、きっと見られてしまったのだと悟り、さらに顔を真っ赤にしてしまった。
その時だった。
スレイプニルの後ろにいたサラが戻ってきて、軽く手を挙げた。
「あそこを曲がれば元の道に出るニャ。どっちに行くニャ?」
「進みましょう!」
「進もう」
フィオナとセリアが、口を揃えて答える。
レイには何が起きるか分からなかったが、アルにマッピングをしてもらっているし、大丈夫だろうと考えていた。
一行は左に曲がり、ダンジョンにできた新しい道を進んでいった。
不思議なことに、温泉で遭遇したランページエイプを最後に、魔物の姿は一切現れなかった。
レイはふと、スレイプニルの存在を思い出す。
彼が魔物を牽制しているのではないかと考え、そっと近づいた。
「レイ殿、気をつけてくれ」
後ろからフィオナの声が飛んでくる。
けれどもレイは、不思議とスレイプニルに対して恐怖を感じなかった。
「もしかして、お前が魔物を牽制してくれてるのか?」
そう話しかけると、スレイプニルは特に反応を見せることなく、ゆったりと歩き続ける。
ただ、時折レイが気配を感じた方向に目を向けるその様子は、まるで魔物を遠ざけているかのようだった。
歩きながら、レイはぽつりと口にする。
「お前の名前を考えないとな?」
少し考えた末、提案する。
「スレイプニルだから…スレイとか?」
その瞬間、スレイプニルがじっと睨みつけてきた。
どうやら、お気に召さなかったらしい。
「ダメか。そうだなぁ…灰色の輝く毛並みだし、『シルバー』はどう?」
すると、スレイプニルは「ヒヒィン」と一鳴きした。
レイには、それが肯定のように思えた。
「そうか? 気に入ったか? じゃあ、お前は今日からシルバーな。よろしく」
レイがそう言った瞬間、シルバーは突然、レイの頭を甘噛みしてきた。
「うおっ、こら、やめろ!」
レイの頭はヨダレでびしょびしょに濡れてしまった。
それでも彼は、シルバーの頭をわしゃわしゃと撫でながら笑っていた。
なぜか、一頭と一人はすっかり仲良くなっていた。
その様子を後ろから見ていたセリア、フィオナ、サラが、呆れたように感想を漏らす。
「もうすっかり仲良しニャ」
サラが笑う。
「ホントに、あれが伝説の魔物とは思えなくなってくるわ」
セリアが感心したように言った。
「信じられん、本当にすごいな。スレイプニルをテイムするのも、名前をつけるのも前代未聞だぞ」
フィオナも、驚きを隠せない様子でレイとシルバーを見つめていた。
「レイのことだから、きっとパーティメンバーだと思っているでしょうけど、これ色々と考えないと拙いわね」
セリアが言う。
「そうだな。連れて行くにしても相当目立つな」
フィオナも同意した。
「脚も相当な速さだニャ。これが無ければ私も負けていたニャ」
サラがジャンプシューズをポンポンと叩きながら言う。
「あの脚力は活かしたいわよね」
セリアが頷くように言った。
そのときだった。
シルバーが急に何かに気づいたように立ち止まり、そのまま森の中へと入っていく。
レイたちは一瞬、「また温泉か?」といった表情を見せながらも、シルバーの後を追いかけた。
森の奥に進むと、そこには人工物と思われる石垣がひっそりと佇んでいた。
苔が生え、長い年月が経っていることを物語っている。
その形状から、かつて何か重要な役割を果たしていた場所であることがうかがえる。
さらに奥へと進むと、そこには古びた建物の跡があった。
屋根は半分なくなり、壁も苔で覆われている。時の流れを感じさせる風景だった。
崩れかけた棚の中には、ガラクタ同然になった物が散乱していた。
レイはその中で、古びた瓶を一つ見つけた。
表面には苔がこびりついていたが、それを丁寧に落とすと、透明で美しいカットが施されたガラス瓶が現れた。
「これガラスですよ! なんか模様がある!」
レイは思わず声を漏らした。
今では窓ガラスですら貴重とされる時代。
それほど精巧なガラス瓶は、非常に価値があるに違いない。
「ここはダンジョンだものね。お宝があってもおかしくないわ」
セリアが静かに言う。
「そうだな。古代の遺物が眠っていても不思議ではない」
フィオナも頷く。
「何か面白いものが見つかるかもしれないニャ」
サラも目を輝かせて周囲を見回した。
レイの影響を受け、他のメンバーたちも周囲を探し始めた。
しかし、割れていない瓶はその一本だけだった。
フィオナもセリアも調べてみたが、他のものはどれも破損していた。
レイはその瓶の価値を確信し、苔を丁寧に落とすと、それを自分のバックパックに大事にしまった。
彼の顔には、すっかりご機嫌な笑みが浮かんでいる。
ダンジョンに潜り、魔物と戦い、謎を解き、シルバーと出会い、お宝までゲットした。
これ以上ないくらい浮かれていたレイは、周囲の景色がいつの間にか変わっていることに気づいていなかった。
シルバーはただ静かに歩き続ける。
その表情には、まるでここがどういう場所かを理解しているかのような落ち着きがあった。
その時だった。
アルからレイに、警告が入る。
(レイ、森の植生が変わりました)
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