第14話(昔の記録)
レイとシスター・ラウラが院長室で話していると、孤児たちがシスター・イリスと一緒に市壁の外にある畑から帰ってきた。
院長室の扉から顔を出すと、孤児たちは「レイ兄ちゃん」「レイくん」と呼びながら一斉に駆け寄ってきた。
シスター・イリスも微笑みながら言った。
「皆、レイに会うのが楽しみだったんだよ」
イリスは同じ村の孤児だったが、昨年の春に孤児院を出ると同時にシスター見習いとなった。
レイとは幼馴染である。もう一人の幼馴染は、ここで最年長となったセルデンだ。
小さい頃はレイと一緒に木剣を振り回していたが、今は孤児院の畑で作物を作ることに夢中になっているようだった。
レイは子供たちに声をかけた。
「みんな、元気だったか?」
子供たちは口々に近況を報告し始め、部屋は一気に賑やかになった。
年少組の子供たちはせがむ。
「冒険者の話を聞かせて」
「お土産ないの?」
収拾がつかなくなってきたところで、シスター・ラウラが一喝した。
「ほらほらお前ら、まずは手を洗って、お祈りが先だよ!」
子供たちは応えた。
「はーい!」
そして洗面所へ向かっていった。
レイはシスター・ラウラに感謝の意を込めて軽く頭を下げる。
シスター・ラウラは手を振りながら言った。
「良いから良いから」
そしてシスター・イリスに声をかける。
「イリス、あたしゃレイと二人でちょっと教会に行ってくるから、先に夕食の支度をしておいてくれ。レイの分も頼むよ」
レイが少し心配そうに言った。
「いや、オレの分を加えたら、孤児院の食費が…」
シスター・ラウラはくすりと笑い、肩の力を抜くように言った。
「レイ、あんたも夕食時に孤児院に来るなら、腹を空かせた子供たちが満足できるように、お土産くらい持ってくるんだよ」
そう言って、彼の背中を軽く叩いた。
レイは微笑んで頷いた。
「わかった、次はちゃんと用意してくるよ」
二人は院を出て、静かな街路を歩き始める。大広場の先には赤い屋根の新しい教会が見えていた。
レイは来た道を戻ると思ったが、シスター・ラウラは迷わず北へ向かって歩き出す。
「えっ、道が違うんじゃないですか?」
「こっちの方が近いんだよ」
細い横道を抜けていくシスター・ラウラに、レイは少し遅れ気味についていった。
(アル、どう考えても、人の家の庭を突っ切って来たよな?)
思わず眉をひそめ、信じられないような顔をする。
(豪胆で合理的な考えをするシスターなのですね。)とアルも同意した。
教会の裏側から中に入ると、シスター・ラウラは迷うことなく書庫に向かった。彼女は古い書物を棚から引っ張り出しながら言った。
「まずはここで、あんたのことを確かめる必要があるね」
レイは彼女の手際の良さに感心しつつ、書庫の一角に座り、シスター・ラウラが探し出す記録を待った。
「この教会には、この町が出来た時からの記録がすべて保管されているんだ。あんたが魔力を持っているかどうかを確かめるためには、まずこの記録を確認しないとね」
シスター・ラウラは説明しながら、次々と書類を広げていった。
記録を調べていたシスター・ラウラだったが、急に手を止めて書類を凝視し始めた。そこで一度うなづくと、手招きでレイを呼び寄せた。
「どうやらこれがあんたの記録っぽいんだけど、洗礼の儀もマギの祝福も済んだことになってるよ」
と言ってレイの記録が書かれているところを指差した。
確かにレイの名前がしっかり記録されているのだが、シスター・ラウラも腑に落ちない顔をしている。
「あの時のアタシの記憶だと、この年の最後に司祭がリンド村に向かったんだから、一番上にレイの名前があるのはおかしいねぇ」
シスター・ラウラは納得していない様子だった。
やはり何かあるのかもしれない。ただし、これを記録した司祭はもうこの世におらず、真相は闇の中かもしれない。
シスター・ラウラは本を閉じると、書庫に戻した。
「もう一つ確かめるよ」
そう言いながら、今度は祭壇の奥にある祭器室へと入っていった。部屋に入ると扉を閉め、レイを手招きする。
「この箱をそこの机まで運ぶよ」
そう言って箱の反対側に手を入れる。レイも手前側を持ち、二人でゆっくり持ち上げて机の上に置いた。
「何だかメチャクチャ悪いことをしてる気分なんですけど」
レイが思わず弱音を吐くと、
「盗むわけじゃないんだから、堂々としてればいいのさ。それに、あんたのことを確かめるためなんだから」
シスター・ラウラは強気に答えた。
そしてシスター・ラウラは、古い木箱の蓋を開けた。
「さて、この箱の中にエーテルクォーツっていう、マギの祝福に使う玉が入ってるのさ。魔力があればこいつが光る。ちょっと触ってみな」
箱の中には片手で持てるくらいの白い布で覆われた透明で歪な形をした玉が入っていた。
レイが恐る恐る手を伸ばすと、今まで黙っていたアルが話しかけてきた。
(レイ、魔力経路は繋がっていますが、嫌な予感がするので、経路を細く絞っています。違和感があったらすぐに手を離してください)
(アル、分かったけど怖いこと言うなよ。なんかドキドキしてきたじゃないか!)
(まぁ、お任せください。手が吹っ飛んでも素材さえあれば再生させる事は可能です)
レイが放心していると、シスター・ラウラが呆れた顔で言った。
「何をそんなにビビってるんだい!」
「ええい、ままよ!」
気合を入れたレイは、右手で玉に触れた。
触れられた玉は、ほのかに光り出す。
その様子に驚いたのはレイだけではなかった。
シスター・ラウラも驚きの表情で言った。
「こりゃ驚いた!レイ。微弱だけど、確かに魔力があるじゃないか…」
その後、エーテルクォーツを元の場所に戻した二人は何食わぬ顔をして教会を出た。
「誰にも会わず、何も言わずに出てきちゃいましたけど、大丈夫なんでしょうか?」
レイは恐る恐るシスターに尋ねた。
「まぁ、こういう日もあるさね?」
シスター・ラウラは涼しげに言った。
(肝が据わってるな)
(肝が据わってますね)
レイとアルは異口同音のように考えが一致した。
その時、シスター・ラウラが突然足を止めた。
「あ、レイ、忘れてたことがある」
「え?何ですか?」
「普通は先に祈りを捧げないと、玉が弾け飛んじまう時があるのさ」
レイは驚いて目を丸くした。
「えっ!?じゃあ、オレ、すごく危険なことをやってたんですか?」
シスター・ラウラは肩をすくめて微笑んだ。
「まあ、時間もなかったしねぇ、時には無茶も必要さ」
レイは頭を抱えた。
「ほんとに肝が据わってるな…」
シスター・ラウラは笑いながら言った
「さぁ、次はちゃんと祈りを捧げてからやろうか?」
「もう次はないでしょうに…」
項垂れたレイは教会を後にした。
読んでくださり、ありがとうございます。
誤字報告も大変感謝です!
ブックマーク・いいね・評価、励みになっております。
悪い評価⭐︎であっても正直に感じた気持ちを残していただけると、
今後の作品作りの参考になりますので、よろしくお願いいたします。