第142話(ジャイアントグリズリー)
サラのフラグは見事に回収された。
森の奥からジャイアントグリズリーが現れると、その巨体はまるで山のようにそびえ立ち、空気が一瞬で変わった。厚い毛皮がどんな攻撃にも耐えられる防壁のように見えた。
「Bランク!厄介な相手だ。みんな無茶はしないように!」
フィオナは弓を構えながら呟いた。
「そう簡単に逃してくれニャい。やるしかないニャ!」
サラは双剣を握りしめ、戦闘態勢に入る。
「アル、やるよ。頼む」
レイは冷や汗をかきながら剣を手に構えた。
そして戦闘が始まる。
フィオナが矢を放ち、グリズリーの動きを封じようとするが、厚い毛皮に弾かれてしまう。
サラはすかさず接近し、双剣で足元を狙う。しかしジャイアントグリズリーの硬い毛皮はその攻撃をものともせず、巨体は揺るがなかった。
「硬いニャ…!」
サラは歯を食いしばりながら後退する。
レイも剣で斬りかかるが、刃は毛皮をかすめるだけで、有効なダメージを与えられない。
焦るレイにアルが冷静に言った。
(レイ、その剣だと攻撃が通じません)
レイは剣をしっかり握りしめたが、ふと考えを変え、剣を地面に突き刺した。
「アル、ツインフレア行くぞ!」
叫ぶと同時に、レイは両手を前に突き出し、魔力を集中させる。
「ツイィィーン フレアァ!」
直径1メルを超える巨大な火球がジャイアントグリズリーに向かって放たれた。
グリズリーは回避行動を取ろうとしたが、動きが間に合わず、火球は直撃する。
毛皮がブスブスと焦げ、焦茶色に変色していく。
右上半身の毛皮が焼け落ち、皮膚が露出して煙が立ち上る。それでもグリズリーは立ち続けていた。
「これでも効かないのかよ!」
グリズリーは怒りに満ちた咆哮を上げ、再びレイたちに襲いかかる。
巨大な体躯が地響きを立てて接近し、その鋭い爪がレイを狙って何度も繰り出される。
さっきの攻撃で頭に来たようだ。
しかしレイは身体能力と反射神経を駆使し、紙一重で攻撃をかわし続けた。
「レイ、火魔法は効いてるぞ、ヤツに弱点ができた!」
フィオナが冷静に叫ぶ。
レイはフィオナの言葉に応じ、グリズリーの右上半身に目を向けた。
火球の直撃を受けた部分が焦げて皮膚が露出し、そこから血が滲んでいる。
グリズリーの動きは明らかに鈍くなった。
サラがすかさず接近し、双剣で素早く攻撃を加える。
鋭い一撃が皮膚を裂き、グリズリーは苦痛の咆哮を上げる。
続けてセリアが短剣を構え、露出した傷口を狙って刃を突き立てる。
肉が裂ける鈍い音とともに、巨体がびくりと震える。
その横で、フィオナも間合いを詰め、弓を構えたまま矢を放つ。
狙いは二人が開いた傷口。
矢は躊躇なく深く突き刺さり、グリズリーは大きくのけぞる。
咆哮は明らかに弱まり、血が勢いよく吹き出す。
三人の攻撃が一点に集中し、傷口はみるみる拡がっていく。
グリズリーの動きは鈍り、踏みしめた脚もわずかに揺れた。
「アル!もう一発行くぞ!」
レイはその隙を見逃さず、距離を取りつつ両手を前に突き出し、魔力を集中させた。
「ツイィィーン フレアァ!」
特大の火球が直撃し、ジャイアントグリズリーは炎に包まれる。
巨大な体が揺らぎ、しばらく立ち続けたが、ついに耐えきれなくなり、ゆっくりと地面に沈んでいった。
重々しい音が響き、巨体が倒れ込むと、森には静寂が訪れた。
レイたちは一瞬息を呑み、戦闘の終わりを見つめる。
「やった!」
「勝ったニャ!」
「やったぞ!」
レイも仲間たちと喜びを分かち合う。
セリアも満面の笑みを浮かべた。
「本当にやったわね!」
全員が歓声を上げ、勝利の余韻を楽しんだ。
だが、セリアがふと真顔に戻った。
「でも、毛皮がダメになっちゃったから、魔石くらいしか儲けがないわね」
「そっか、そっちも考えないとダメなんですね。それを考える余裕が全く無かったです」
「まあ、相手はBランクの魔物だ。本来なら戦う相手ではない。私は相手の隙を見て全員で逃げようと思っていたんだ」
「ところで、レイ君、ツインフレアってどんな魔法なの?」
レイは一瞬顔を赤らめながら答えた。
「えっと、両手を使ったただのファイヤーボールです」
その返答に納得がいかないサラが首をかしげて尋ねた。
「じゃあ、なんでツインフレアニャんだ?」
レイは少し困ったように微笑む。
「えーっと…両手を使うからかっこいい名前が欲しくて、アルがファイヤーボールと言うのに響きを合わせて…」
――これが、レイの黒歴史誕生の瞬間であった。
「ニャ〜るほど、だから『ツイィィーンフレアァ』ニャンだな」
サラは笑いながら納得する。
「赤レンガ亭の主人みたいだニャ!」
冗談に、仲間たちも微笑み、和やかな空気が広がった。
レイだけは心の中でそっと呟いた。
(オレ、ブランドンさんと同類なのか…?)
ジャイアントグリズリーから魔石を抜き取り、レイたちはアルに次の進行方向を確認しながら進む。
しばらく歩くと、森が途切れた場所にたどり着いた。
「あれ、外周に出ちゃった?」
レイが呟くが、すぐにその考えを否定する。
そこには、周りを森に囲まれた、まるで別の世界に迷い込んだかのような、静寂に包まれた草原が広がっていた。
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