第137話(逃げの一手)
聖者認定の式典が無事に終わり、レイはやっと解放されると期待していた。
しかし、その夜すぐに領主と司祭に呼び出され、再び拘束されることとなる。
「やっと、やっと終わった…これでやっとダンジョンに行ける!」
レイは式典の疲れから解放されることを心から喜んでいた。
しかしその瞬間、使いの者がやって来て、レイの前で深々と頭を下げた。
「聖者殿、あちらで領主様がお呼びです」
レイは驚きと疲労で目を見開いた。
「ええぇっ!まだ何かあるんですか?」
「さぁ、私は呼んでこいと言われただけですので…」
使いの者は恐縮しつつ答えた。
レイはパーティメンバーの居る方に向かって口パクをする。
「りょ・う・しゅ・さ・ま・に・よ・ば・れ・た」
「あちゃ〜」
「がんばれ」
「やれやれだニャ」
三者三様にジェスチャーをしていた。
レイは渋々ながらも指定された場所に向かった。そこには、領主と司祭が待ち構えていた。
「おお、聖者殿、こっちだ」
領主が満面の笑みでレイを迎え入れた。
「今日は、本当にご苦労だったな。改めて礼を言わせてもらう。セリンを盛り立ててくれてありがとう」
「はぁ…」
半ば放心状態のレイは、疲れた声で返事をした。
「でだ、広場でも宣言した通り、聖者殿が育てている野菜、トマトゥルの進捗について教えて欲しいんだ」
領主の声には、期待と興奮が混じっていた。
「え、トマトゥルですか…?」
レイは思わず頭を抱えた。レイが予想していた解放とは程遠い展開だった。
「あの、まだ試験的に栽培しているだけで、収穫量についてはまだ確定していなくて…」
「いやいや、それでもだ。町の名産にするにはどれくらい収穫できそうか、大まかな見通しでもいいんだ。
少しでも情報が欲しいんだよ」
領主は強引に話を進めた。
レイは一瞬言葉を失ったが、すぐに気を取り直した。
「わかりました。今は畑の四分の一しか使っていませんが、順調に育ってるって聞いてます。
来年の三月に植える予定の苗も大丈夫なんじゃないかと思います」
レイがトマトゥルの現状について報告すると、領主の表情は少し曇り始めた。
「ふむ…順調なのは良いが、聖者殿。あれだけ大々的に宣言してしまった以上、
『ダメでした』は許されないからな」
領主は圧をかけるように言った。
その言葉を聞いたレイは、心の中で思わず叫ぶ。
(じゃあ、なんであんな大勢の前で宣言しちゃったんですか…?)
だが、目の前の領主に逆らうわけにもいかず、ただ心の中でため息をつくしかなかった。
さらに、領主は畳みかけてきた。
「畑を今の四倍は増やしたいと思っている。どうだ、できるか?」
突然の重圧にレイは一瞬言葉を失ったが、すぐに考えを巡らせた。
どうにかしてこの状況を切り抜ける方法はないか?
少しでも早くセリンを出る方法はないか?
(この重圧から逃れる方法を見つけなければ…)
レイは必死に策を考え始めた。
するとアルが提案した。
(苗を増やすならば、自分で苗を探しに行くと言えばセリンから出られますよ)
レイはそのアイディアに飛びついた。
(おお、それ良いアイディア!)
レイはアルに感謝した。
「領主様、司祭様、トマトゥルは私が始めたことです。
ここで他の誰かに任せたら、私はただの飾り物の聖者になってしまいます。それでは責任を果たせません。
ですから、自分で苗を探しに行きたいと思います」
レイは、自分でもカッコいいと思われる言葉を全て伝えた。
領主と司祭は顔を見合わせた後、少し渋い表情をしながら言った。
「聖者殿には、できれば町にいてほしいのだが…」
しかし、レイは強い意志を持って言葉を繰り返した。
「ここで投げ出すわけにはいきません。苗を探しに行くことが、私が責任を全うする唯一の方法です。
ぜひ、その時間をください」
領主は渋々ながらも納得した様子で返答した。
「分かった、聖者殿の決意がそうであれば、我々も従おう。しかし、くれぐれも無理はせぬように」
こうして、レイは苗を探しに行くための準備を進めることになった。
背負わされた重圧よりも、今はセリンを抜け出せる期待感の方が何倍も膨れ上がっていた。
なぜなら、ここに居続けるとさらに大変なことになりそうだったからだ。
レイは、大げさな衣装を着せられ、壇上でいきなりスピーチをさせられた。
さらには、子供たちや熱狂的な信者たちが「聖者にタッチすると幸運になる」というデマを信じ、
彼の手や肩にバシバシと遠慮なく触れてきた。
そのための長い行列ができて、「最後尾はこちらです」と看板を立てて案内する人まで現れるほどだ。
さらに、レイを模したフィギュアやお守り、抱き枕までもが町中で売られるようになり、
「聖者レイグッズ」として商売に利用される始末。
これ以上ここに居たら、本当に危険だとレイは感じずにはいられなかった。
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