第136話(流れる汗は…)
パレードが始まり、レイは輿の上に座っていた。
疲れ切った表情を隠しながらも、かろうじて手を振っていた。
先ほど教会での式典を終えたばかりで、聖者としての役割を果たしたものの、その負担は予想以上だった。
沿道には多くの人々が集まり、歓声を上げながらレイを見上げている。
子供たちが手を振り、花を投げる光景に、レイは少しでも彼らの期待に応えようと、なんとか手を振り返していた。
しかしその動作も徐々に力を失い、やがてレイはグッタリと輿に体を預けてしまった。
頭上に輝く太陽がさらに彼の疲労感を増し、汗が額を流れ落ちる。
「頑張れ、もう少しだ…」
レイは心の中で自分に言い聞かせながら、パレードの終わりをただ待ち続けた。
そのとき、アルの声が頭の中に響いた。
(レイ、いつものジャケットじゃないのですから、無理に我慢しないでサーマルレギュレーションシステムを使えば、汗もかかずに済みますが?)
(なぁ、それって前にスマートなんちゃらって言ってなかったっけ?)
(スマートフィードバックシステムですね。サーマルレギュレーションシステムは体全体の温度を調整する上位のシステムで、その一部としてスマートフィードバックシステムが発汗量や代謝を細かく調整しているのです)
(アル、何気にバージョンアップしてない?)
(普通なのでは?)
その冷静な返答に、レイは改めてアルの「普通」の基準の違いを痛感する。
(とりあえず、汗をかかないのは変だろう?このままでいいよ)
輿の上からふと視線をやると、パーティメンバーのセリア、フィオナ、サラの姿が見えた。
彼女たちはパレードの巡回路を先回りし、何度もレイに手を振っている。
先ほど教会を出たときにも声を掛けられたが、どうやらレイを見守り続けてくれているようだ。
口パクで「がんばれ」「もうすこしだ」と言ってくれているのが分かり、レイは輿の上で小さく呟いた。
「ありがとう……」
すると、彼女たちは「さきにいってる」と微笑んで返してきた。
その瞬間、レイは胸の内に温かいものがこみ上げるのを感じた。
パーティって、こんなに心強いものだったんだなと、しみじみと思う。
もっとも、そう感じているのはレイだけで、フィオナとセリアは別の感情で動いているのだが、レイはそのことに気付いていない。サラはそんな三人の様子を、優しく見守っているだけだった。
やがてパレードはセリンの町を一周し、目的地である大広場に戻ってきた。
道沿いには町の住民や訪問客たちが集まり、色とりどりの花や旗を手にして賑やかに声を上げている。
こんな大袈裟なことになるなんて、レイは夢にも思っていなかった。
現実はそれ以上に凄まじかった。
大広場は華やかな装飾に包まれ、咲き誇る花々や風に揺れる旗が場を一層彩っていた。
音楽隊が力強いファンファーレを鳴らし始め、その音に呼応するように、広場の中央では舞踏団が華麗なパフォーマンスを披露している。
歓声が高まり、町全体が祝祭の熱気に包まれていく。
「これ、あとでパレード代とか請求されないよね……?」
そんな不安がよぎり、レイは冷や汗が止まらなかった。
祝祭の熱気に包まれているのに、主役が冷や汗をかくとは、なんとも器用な話である。
夕方になると、レイたちは教会へと戻り、最終祈祷が厳かに行われた。
荘厳な雰囲気の中、聖者の証である指輪と証書がレイに手渡される。
儀式が終わると、町全体の祝賀会が教会前の大広場でオープンパーティとして開催された。
広場にはたくさんの人々が集まり、賑やかな音楽が響く中、教会関係者が次々と挨拶を述べていく。
東部神殿の神殿長も助祭司と共にお祝いの言葉を贈り、厳かな式典は徐々に祝賀ムードに包まれていった。
セリアたちパーティメンバーもレイのすぐ横に来て、彼を祝福してくれる。
他にもギルドマスターを筆頭に、冒険者ギルドの職員や冒険者たちの姿が見えた。
さらには紅蓮フレイムのメンバーや星の守り手の四人、シャドウナイツの面々も顔を見せている。
さらに、孤児院のシスター・ラウラやシスター・イリス、セルデンを筆頭に孤児院の面々もレイを祝福してくれた。
シスター・イリスは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「祝ってあげるんだからね」
その言葉に、場は自然と和やかな雰囲気に包まれた。
少し和んだ時間が流れたその時、領主が壇上に上がり、厳かな声で宣言を始めた。
「この度、レイ殿を名誉市民として迎え入れることにした。また、レイ殿が生産の責任者を務めているトマトゥルをこの町の名産品とし、この時期に毎年『聖者トマトゥル祭』を開催することをここに宣言する!」
領主の言葉に、大広場は歓声に包まれた。
熱気が最高潮に達し、遠くの方から「トマトゥゥゥル!」と叫ぶ声も聞こえる。
しかし、その場で唯一冷や汗をかいていたのはレイだった。
突然の大役に対する不安と驚きが、彼の心の中で渦巻いていた。
周囲の歓声が高まる中、レイは一人、どうすれば良いのかと内心焦り続けていた。
「これじゃしばらくセリンに帰れないじゃないか…」
心の中で悲鳴を上げるレイの声は、誰にも届くことはなかった。
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