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第135話(阿吽の呼吸)

これ、どうしても書きたかったんです。くだらなくてすみません。 (m_ _)m

ファルコナーから持ち帰った黒い大剣を、レイは素亭の自分の部屋にぽんと置いたまま外出していた。

「こんな重たいもの、さすがに誰も盗らないだろう」

ベッドの横に置きっぱなしでも問題ない――そう思ったのだ。


ところが、帰宅すると爺さんが部屋に立っていた。


「……え?」

思わず声が漏れる。こんな光景、初めてだ。


だが、爺さんはいつも通り「ん」しか言わない。何を伝えたいのか、さっぱり分からない。

レイは思わず肩をすくめた。


そのとき、見覚えのある婆さんが通りかかる。素亭に泊まることもある顔だ。


「どうしたんだい? そんなところに立ってたら、坊ちゃんの邪魔だろうよ」


婆さんの声に、爺さんは「ん」と返す。次に自分の胸を指し、そしてレイの剣を指差した。


「おやまあ、その坊ちゃんの剣が気になるのかい?」


爺さんはまた「ん」と頷き、片手で剣の形をなぞるように動かす。


「で、『あ』の人に会わせたいってわけだね?」


「ん」と爺さん。さらに手を斜めに切るようにして頷いた。


「じゃあ、坊ちゃんと話すから、外で待っておくれ」


爺さんは「ん」と短く返し、指先で外を示して、ゆっくり部屋を出ていった。


レイは心の中でツッコむ。

(……え? どうして会話が成り立つんだよ……)



***


宿屋の爺さんと婆さん、そしてレイの三人は、シルバーホルム行きの馬車に揺られていた。

もちろん、門を通るときだけは変装していた。婆さんの言っていた『あ』の人に会うためだ。


婆さんが口を開いた。

「『あ』しか言わない爺さんと、『ん』しか言わない爺さんは、昔、王都で評判の鍛冶師だったんだよ」


――え、あの寡黙な爺さんたちが鍛冶師だったのか!?


「誰もがあの二人の腕に憧れたけど、喋らなすぎて、何を望んでいるのかさっぱり分からなかったんだよ」


(誰だってそう思うよ!)

レイは心の中で全力でツッコんだ。


「それでも昔は、もう少し喋っていたんだよ。それが十数年前くらいから口数が減って……いまじゃ『あ』と『ん』しか言わなくなったのさ」


(……喋っていた頃があったのか!?)


婆さんは笑いながら、さらに話を続けた。

「ある日、国の重鎮が剣を頼みに来たけど、どうしても欲しいって大金を積んだのに、爺さんたちは無反応でね。数日たっても剣はできず、結局、重鎮が怒っちゃったのさ」


(そりゃ怒るだろうな…)


「そのせいで王都にいられなくなった二人を、私が連れてセリンまで来たのさ。大きな家を買って、三人で住むことにしたんだ。ところがある日、『あ』の爺さんがシルバーホルム製の道具を眺めていたかと思うと、翌日には忽然と姿を消しちゃったのさ」


(それ、大丈夫なのか?)


「『ん』の爺さんに聞いたら、『ん』とだけ。ああ、行かないんだなって思ったよ」


(……なんでそれで分かるんだ!?)


婆さんは笑いながらも、しみじみと語った。

「私も後を追ってシルバーホルムに行ったら、鍛冶屋で弟子に指導している姿を見て安心したんだよ」


(いや、どこに安心できる要素があるんだ!?)


「『あ』の爺さんが鍛冶屋に入ると、誰も町から帰らなくなるんだよ。それくらい教え方が上手いんだ」


(……もはや格言レベルだな)


――数時間後。


レイが黒い大剣を『あ』の爺さんに見せると、爺さんは目を見開き、「……あっ」と短く声を上げた。

宿屋の爺さんも「ん」と頷いた。


(え、終わり!? それだけで会話成立!?)


二人は無言で立ち上がり、剣を手に鍛冶場へと向かっていった。


婆さんは笑いながら言った。

「きっと、その剣をどうしても打ち直したかったんだろうねぇ」


(どこで!? 会話どこで!?)


そんなレイを見ながら婆さんは心の中で思った。

(この子は何も言わないねぇ。もしかしたら何も喋れないのかねぇ)



そんな感想を抱かれているとは思わなかったレイは、疑問を胸にしながらもそっと立ち上がり、二人の後を追った。鍛冶場の炉はファルコナーのものとは違っていた。黒い剣が赤く染まる頃、アルが解析を始めた。


(レイ、あの炉は通常のレンガではなく火山岩で構成されていて、ドーム型なので熱が均一に回ります)

「さすが、シルバーホルムって感じだな」


(さらに粘土には耐火加工が施され、吹子も空気室が複数に分かれているため、一度に大量の空気を送り込めます。ファルコナーより一世代進んでいます)

「へぇ……こういうところに技術の差が出るんだな」


剣が真っ赤に熱せられた瞬間、『あ』の爺さんが「……あっ」と声を上げ、ハンマーを振り下ろした。

続けて宿屋の爺さんも「んっ」と唸りながら打ち込む。


「あっ」「んっ」――息の合った作業が、鍛冶場に神聖な空気を漂わせた。

剣は重く鈍重だった大剣から、鋭利でバランスの取れたロングソードに姿を変えていった。


炉に戻し、再び打つ――その作業は永遠に続くかのようだった。


その日、レイは鍛冶場からセリンまで駆け戻った。

しかし宿屋に戻ると、爺さんたちはまだシルバーホルムで剣を打ち直していた。


仕方なく、レイは赤レンガ亭へ向かった。

そこではブランドン夫妻、フィオナ、セリア、サラたちが、いつもの笑顔で彼を迎えてくれた。


***


パレードの三日前、レイは鍛冶場を再び訪れ、爺さんたちの様子を見にきた。

しかし、黒い剣はまだ完成していなかった。


爺さんたちは熱した剣を油や水に浸して急冷し、再び炉へと戻して加熱していた。

そして、慎重に剣を鉄の支え板の上に置き、その変化をじっと見つめている。


二人の間に言葉はなく、ただ黙々と作業に没頭していた。


完成まで、あと何日かかるのか――まるで見当がつかない。

それを察すると、レイは何も言わずに鍛冶場を後にしたのだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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