第134話(逃避行の計画)
パレードの十日前、レイはようやくパーティメンバーと再会できた。
準備期間中、彼はメンバーを見かけても遠くから手を振るくらいしかできず、常に人だかりに囲まれていた。
フィオナやセリアが近づけるような状態ではなかったのだ。
赤レンガ亭の部屋で、レイはセリアとフィオナに交互に世話を焼かれていた。
二人の対応は、まるでレイが王族であるかのように丁寧だった。
「レイ殿、少し休んだ方が良い。疲れがたまっているだろう?」
そう言ってフィオナが飲み物を差し出す。
「ありがとう、フィオナさん。でも、そこまで気を遣わなくても…」
恐縮しながらも、レイは差し出されたカップを受け取り、一口含んだ。
今度はセリアが果物を剥き始め、細かく切った果実をフォークに刺して差し出す。
「レイ君、ちゃんと栄養も取らなきゃダメよ。はい、口を開けて」
「え、いや、そこまでしなくても…」
戸惑うレイだったが、結局は差し出されるままに口に入れることになる。
「無理をしなくていいんだぞ、レイ殿。私たちがついているのだから」
フィオナは肩に手を置き、微笑んで安心させるように言った。
「そうそう、疲れた時はしっかり休んで、しっかり食べて元気を取り戻さなきゃ」
セリアも笑みを浮かべ、また別の果物に手を伸ばす。
飲み物や食べ物が次々と差し出される中、レイは気恥ずかしそうに笑いながら口を開く。
「なんだか、すごく特別扱いされてる気がするんだけど…」
二人は顔を見合わせ、声を揃えて言った。
「当然だ!」
「当然です!」
そして再び、レイを手厚くもてなし始めた。
そんな中、サラが部屋に姿を現した。
「少年、フィオナたちは、レイの成分が足りニャいって毎日騒いでたのニャ」
「成分ってなんですか?」
レイが不思議そうに尋ねると、サラは「これニャ」と言ってベッドの下から何かを引っ張り出す。
現れたのは、聖者様抱き枕だった。
「うわーっ!ちょっとサラ、それは内緒だって!」
セリアが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「レ、レイ、これはだな、その、決してやましいことを…」
フィオナも焦った様子で言い訳を始めた。
「まあ、それ、商人に渡されてオレも持ってますよ…扱いに困るので孤児院にでも寄付しようかと思ってるんですが…」
「そうなの、寄付しようと思ったの!」
セリアがホッとしたように言う。
「私もだな。その孤児院で使ってもらえればと思ってだな…」
フィオナも表情を和らげてうなずいた。
レイは微笑みながら言った。
「じゃあ、みんなで寄付しに行きましょうか」
そう言ってから、レイは背筋を伸ばす。
「それで、ここに来た本題なんですが…」
「うむ、聞こう!」
フィオナが真剣な顔で応じた。
「どうしたの?」
セリアが少し心配そうに問いかける。
「なんニャ?」
サラも首をかしげる。
「式典が終わったら、しばらくはセリンから離れたいなって思ったんです」
レイは少し迷いながらも、言葉を続けた。
「確かに、この町にずっといるのもレイは居づらいだろうな」
「すっかり有名人ニャ!」
「ちょっとはしゃぎすぎるくらいだもんね」
「でも、どこに行くの?」
セリアが尋ねると、レイは考え込んで答えた。
「あまり騒がれなければ何処でも良いです。あ、ダンジョンとかも良いですね」
「セリンのダンジョンじゃないんでしょう?」
「そうですね。ここじゃ落ち着いてダンジョンに入れません」
するとセリアが提案した。
「じゃあ、大街道を西に行ったところに『迷いの森』っていうフィールドダンジョンがあるの。あまり人気があるところではないけどね。まずはそこに行ってみない?」
「へぇ、フィールドダンジョンって面白そうじゃないですか、どうして人気がないんですか?」
レイが問い返すと、セリアは肩をすくめる。
「中に入っても、三回か四回、魔物と戦うと、次の魔物に出会う前にいつの間にか森の外に出ちゃうのよ。しかも、出る場所がどんどん街道から離れていくから、冒険者たちはみんな数回戦ったら引き上げちゃうの」
「私たちも行ったニャ!」
サラが楽しそうに叫ぶ。
「トレントを倒して歩いてたら、いつの間にか森の外周に出ていたんだ」
フィオナが苦笑いしながら補足する。
「フィオナさんやサラさんも?」
「うむ、森の中であんな迷い方をしたのは初めてだったな」
「大街道を西って、どれくらいの距離なんですか?」
「シルバーホルムとグリムホルトの真ん中くらいのところよ。森の入り口にはちょっとした村もあって、ギルドの出張所もあるわ」
「なんか面白そうです。そこに行きましょう!」
レイが目を輝かせて言うと、セリアが微笑みながら応じる。
「そうね、私も宿舎は引き払ったし準備は整ってるわ」
「ここもダンジョン二階層の入り口まで行けたし、ちょうどいいタイミングだな」
フィオナも頷く。
「え〜っ!オレも行きたかったのに!セリンに戻ってもう二十日以上経つのに、ダンジョンには二日しか入れなかったんですよ!」
レイが少し悔しそうに言うと、フィオナが肩を軽くすくめる。
「まぁ、セリンを出るまで我慢すれば、少しはマシになるだろう」
「でも、よく無事にここまで来られたわね。今のレイ君じゃ、町を歩いてるだけで騒ぎになりそうなのに、どうやってここに来たの?」
セリアが首をかしげると、レイは笑いながら応じる。
「ああ、それはですね」
そして小さくつぶやいた。
「アル、お願い」
すると、レイの顔がセリアそっくりに変化していく。
「なっ!」
「ええっ!」
「ニャ!」
三人ともに飛び上がって驚いた。
レイは少し得意げに微笑み、元の顔へ戻るとさらりと言った。
「これで、誰にも気づかれずに来られたんですよ。皮膚の硬化の応用ですね。」
その場にいた三人は、しばらく呆然とレイを見つめていた。
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