閑話(聖なる核の光が弱まった訳)
マルコム・シャドウブレイド少佐は、帝国のスパイとしてイシリア王国に潜入していた。
彼は日中、表の顔として商人を装い、王国の各都市を巡って取引を行っていた。
帝国から持ち込んだ上質な商品を扱い、信頼される商人として知られていたが、
その裏にはもう一つの顔があった。
彼は「闇の商人」として、王国の経済を歪めるため、違法な奴隷売買や違法な薬物取引を行っていた。
これにより王国内の闇市場が拡大し、経済が不安定になることを目的としていた。
彼の取引は限られた者だけに知られていたが、その影響は王国の経済全体に波及し、闇社会においても
「闇の商人」としての存在感が増していった。
さらに、夜になるとマルコムは帝国のスパイとしての顔を見せ、黒いローブをまとい、王国中の都市で
密かに情報を集めた。
特に魔法に関する情報を徹底的に調査しており、魔法の強さが国力に直結することから、
王国の魔法力が帝国に対する脅威となるのを防ぐための任務を負っていた。
調査の中で、彼は東部神殿の儀式において火の魔法使いが誕生したことを知る。
火の魔法は、戦争において極めて強力な武器となる。
その存在を放置することは、帝国にとっても大きな脅威となると感じたマルコムは、王国経済を歪めるための
闇の取引を一時的に中断し、スパイとしての使命を果たすべく、この火の魔法使いの力の源を断つため、
東部神殿へと忍び込むことを決意した。
神殿には聖域があり、その中には精霊たちの棲家が存在する。
精霊たちが棲家とする遺物の中には、持ち運び可能なものと、自然と一体化しているために
持ち出せないものがあることが知られていた。
マルコムは、もし可能なら遺物を奪い取り、無理であれば破壊することを狙っていた。
彼は巡礼に来たと装って神殿に侵入し、寝静まる頃に聖なる核が祀られている神殿の暗闇の中に忍び込んだ。
黒いローブをまとったその姿は、静かな聖域の雰囲気に不気味な緊張をもたらしていた。
「これが聖なる核か…」
マルコムは慎重に近づき、何とかその大きな核を持ち上げようと試みた。
しかし、思った以上に重く、まるで地面に吸い付いているかのように動かなかった。
苛立ちを覚えたマルコムは、コアの中心部と板のようなものを繋いでいる部分に目をつけた。
その部分が何かの力で結びついているのを感じ取った彼は、懐からナイフを取り出し、
その部分に刃を入れて繋がりを切ろうとした。
ナイフがその結合部分に入った瞬間、突如として強烈な力が発生し、キィィーンという音を発しながら
ナイフが跳ね飛ばされ、マルコムの右顎に深く突き刺さった。
「くっ!」と痛みに息を呑んだマルコムは、すぐさまナイフを抜き、血を流しながら顎を押さえた。
マルコムの視線は再び聖なる核へと向けられた。
それまでろうそくの灯り程度に輝いていた聖なる核の光が、今はさらに弱々しくなっていた。
まるでその命が尽きかけているかのように、脈動が徐々に鈍くなっていく。
マルコムはその様子を見つめ、心の中に広がる苛立ちと恐怖を抑えきれなかった。
任務は達成したものの、何か得体の知れない不安が彼を襲っていた。
「当初の目標は達した。長居は無用だな」
とマルコムは呟き、聖域を後にした。
神殿の静寂はすぐに戻ったが、聖なる核の光は以前のような輝きを取り戻すことはなく、
暗闇の中で淡く脈動を続けていた。
まるで、失われた何かを待つかのように。
それは、ファルコナーにスタンピードが起きる一年前の出来事であった。
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