第122話(転んだ先の馬車)
レイたちは、朝の柔らかな陽ざしを浴びながら、のんびりと帰路に着こうとしていた。
心地よい風に誘われ、足取りも自然と軽くなる。
のどかな雰囲気に包まれながらゆっくりと歩いていた――が、そう簡単にはいかないらしい。
(レイ、後ろから馬車が近づいてきます)
アルの声に、レイは慌てて後ろを振り返る。
あれ? 聴覚強化したんだっけ?
疑問に眉をひそめると、すかさず返ってきた。
(フィルタリングで余計な音をカットできるようになりました。普段はレイの聴覚を普通に戻しています)
「何それスゴい!」
素直に感心しつつ、少し驚いた表情を見せる。
(もちろん強化したままの音も聞くことが出来ますが)
アルの説明に耳を傾けていたそのとき、レイの視界が馬車の動きを捉えた。
「――あっ、馬車が!」
レイが叫んだ直後
ガシャーン!
乾いた衝撃音があたりに響き、馬車が派手に横転した。
「……あら〜!」
目を見開いたレイは、焦りながらも声を漏らした。
「ニャ! 何の音ニャ?」
サラが驚いたように耳をピンと立てる。
「馬車が倒れた音です!」
すかさずレイが答えた。
「ニャンと!」
サラはくるっとその場で回転し、素早く後ろを振り返る。
「どうした、レイ殿?」
フィオナが駆け寄り、心配そうに声をかけた。
「何があったの?」
セリアも少し息を弾ませながら、レイの隣に並ぶ。
「後ろから馬車がすごいスピードで迫ってきたんだけど、急に車輪が穴に落ちたみたいにグルッと向きを変えて、それで倒れちゃったようなんです」
セリアが遠くを指差して言った。
「あれが?」
「そうです」
「よく見えるわね、あんな距離で」
感心するセリアに、レイは淡々と返した。
「視覚強化しましたから。オレ、先に行きます」
言うなり、レイは素早く駆け出す。
「ちょっと、待ってよ!」
セリアが慌てて追いかけ、サラとフィオナもすぐに続いた。
馬車に駆け寄ったレイの目の前には、宙に浮いたままの車輪と、横倒しになった車体。
馬も巻き込まれ、地面に押し付けられたまま足をばたつかせていた。
立ち上がろうともがいているが、まだ自力では無理そうだ。
馬車のそばに目をやると、御者が腕を押さえて座り込んでいる。
「えっ、教会の人?」
つぶやくレイ。衣服は神殿の雑用夫のものだった。
馬車には、四大神教会のエンブレムがはっきりと刻まれている。
その瞬間、中からドンドンとドアを叩く音が聞こえた。
「今、ドアを開けます!」
「アル、強化頼む」
(レイ、了解です。出力二〇パーセント 支援プロトコル発動)
直後、体に力がみなぎる感覚が走る。レイは地面を蹴り、勢いよく横転した馬車の上へと飛び乗った。
「せえのっと!」
ドアノブに手をかけ、一気に引く。
――バキッ!
「うわっ!」
ドアノブだけが外れ、レイは勢いを殺せず尻餅をついた。手元には、むなしくドアノブだけが残っている。
「あら〜、ドアノブ取れちゃったよ…どうしよう?」
(レイ、手を硬化させますから、壊れたところから手を入れてドアを外してください)
アルの冷静な声が返ってきた。
「了解!」
苦笑しつつも、レイは指先に力を込める。再びあの硬質な感覚が手に広がっていく。
(さっそく使う羽目になっちゃった…)
そう思いながら、馬車の中に向けて呼びかける。
「すみませ〜ん、今からドアを壊します。下がっててください!」
ごつん、と手の甲で壊れたドアノブの隙間を押し広げ、ぐっと力を込めてこじ開けていく。
――ミシミシ……バキィッ!
鈍い音とともに、ドアがひしゃげて開いた。
「えっ? 助祭司さん!」
覗き込むと、痛そうに顔をしかめた助祭司が中にいた。
「あっ、レイ殿…痛たた…」
レイは周囲を確認しながら声をかける。
「大丈夫ですか?」
ふと見ると、サラが御者のもとへ駆け寄り、すでにポーションで手当てをしている。
さすが『疾風迅雷』。遅れて走ったのにもう着いてる。
レイは自分のことを棚に上げて感心する。御者の傷は、幸い軽傷のようだ。
助祭司を引き起こしつつ、怪我はないですか?と再度尋ねる。
転倒の衝撃で肘や膝を打ったらしいが、命に別状はなかった。
そこへセリアが駆け寄り、ポーションを差し出す。
「ポーション、必要?」
助祭司は頷いて受け取り、一気に飲み干した。
そのころフィオナは馬のもとへ向かい、優しく声をかけながら馬具を外し始めていた。
「すみません、ありがとうございます」
助祭司が、全員に向けて深く頭を下げる。
「どうしたんですか?」
レイが尋ねると、助祭司――エリオスは答えた。
「総本部から連絡があったので、急いで追ってきたんです…」
レイは思わず天を仰ぎ、頭を抱えた。
「いやいや、だからって、大事故じゃないですか…どうするんですか、これ?」
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