第121話(ナノボットの新たな力)
そろそろ神殿長が言っていた時間だろうと、四人は意気揚々と神殿へ向かった。
だが、執務室で出迎えた神殿長の顔色は明らかに悪い。それに気づいたレイが声をかけた。
「神殿長、顔色が悪そうですが、何かあったんですか?」
神殿長は、申し訳なさそうに答えた。
「実のところ、本部からの返事がまだ届いておらず、如何にすべきか思案しておりました。心苦しい限りです」
「もしその手紙が来ても、今日のうちに出発するのは難しいですから、あまり気にしなくても大丈夫ですよ」
その言葉に、神殿長は「そうですな…」と表情を和らげた。
けれどレイは、さらに続けた。
「ただ、明日にはここを出たいと思っています。セリアさんをセリンの町に戻さなければなりませんから」
たとえセリアが気にしなくていいと言っていたとしても、冒険者ギルドに籍を置く以上、長居は好ましくないとレイは考えていた。その思いを汲んで、セリアがしっかりとした声で言う。
「私は前にも言ったけど、レイ君と一緒にセリンに帰るって決めたからには、最後まで責任を持って付き添うわ」
その言葉に、レイは少し安心する。だが、内心ではまだ彼女のことを気にかけていた。
さらに、レイは干物のことも頭に引っかかっていた。一度はアルに復活させてもらったが、再び頼むのは気が引けるからだ。
神殿長はしばらく目を閉じ、何かを考えるように沈黙していたが、やがて口を開いた。
「明日セリンに戻られるとのこと、もしご都合がよろしければ、セリンの教会のランベール司祭にこの手紙をお届けいただけますか?」
レイは少し迷ったが、その手紙を引き受けることにした。
内容はおそらく、自分の聖者認定に関するものだろうと見当をつけていた。
「分かりました。お預かりします」
「では、よろしくお願いします」
神殿長が深く頷き、レイたちは執務室を後にした。
(厄介なことが書かれてなきゃ良いけど…)
レイがそうぼやくと、アルの声が脳内に響いた。
(どうしますか?封を開けずに読むことも出来ますが?)
(えっ!そんなことも出来るようになったの?)
驚いて立ち止まるレイに、アルが平然と答える。
(この間、聖域で色々と素材を入手できましたので、やれることが増えました)
(ああ、あの時は色々と食べさせられたからな〜。でも手紙の件は良いよ。人の手紙だし、そういうのは良くないだろ)
(そうですね)
気を取り直したレイは、興味津々で尋ねた。
(それより、どんなことができるようになったんだ?)
(今まではナノボットをメンテナンスしながら九百億個を稼働させていましたが、今回、素材が手に入ったことで、メンテ中だったナノボットも含めて、今や二千億個が稼働可能になりました。身体強化は一割五分増しですね。筋力増強ですが、筋肉繊維の配置や働きを最適化も行いました。他には水…)
「アル、ストーップ!」
思わず声を上げたレイに、セリアたちがびくっと反応した。
「どうしたの?」
「今の声は、何?」
「びっくりするニャ!」
三人の視線が集中し、アルも問いかけてくる。
(どうしましたか?)
レイは戸惑いながら弁解した。
「すみません、アルが色々とすごいこと言い出しちゃって、つい声が出ちゃいました…」
当然のように、三人が食いついてくる。
「すごいことってなに?」
「何がすごいんだ?」
「聞かせるニャ!」
レイは三人を巻き込んでしまったことに軽く後悔しつつ、アルに問いかけた。
「アル、今までと違うことで、何か新しくできるようになったことってある?」
(新しいことだと、形態変化のサポートが可能になりました。レイ、右手を目の高さまで挙げてください)
アルの声に従い、レイが右手をゆっくりと上げると、指先がじわじわと変形し始めた。
先端が細く、鋭く尖っていく。
「え?何これ?」
レイ自身も思わず声を上げたが、それは周囲の三人も同じだった。
セリア、フィオナ、サラ、それぞれが言葉を失って目を丸くしている。
鋭く変わった指先をそっと触ってみる。見た目のインパクトに反して、感触は驚くほど硬い。
レイはごくりと唾を飲んだ。下手な壁なら、冗談抜きでこの手刀で突き崩せるだろう。
フィオナが訝しげにレイの変わった手をつつきながら、慎重に尋ねた。
「これは、本当に手なのか?」
すぐ隣で、セリアが目を見張る。
「すごい、硬い!」
サラもおもしろがって笑った。
「これで突かれたら痛そうニャ!」
三人はレイの変形した指先を、まるで珍しい工芸品のように観察し、触り続けた。
興味津々で手を引っ込める気配はないらしい。
「おもちゃじゃないんですが…」
レイは苦笑しながら頭をかいたが、彼女たちにはまったく通じていないらしい。
騒がしくもどこか楽しげな空気が広がる。
そんな中、ふと疑問がよぎった。
「でも、これって一体何の役に立つんだろ?」
そう問いかけると、三人は顔を見合わせ、次々と意見を口にし始めた。
「例えば、小枝を折るときに便利なんじゃない?」
セリアが冗談っぽく言えば、
「戦闘での奇襲にも使えそうだな」
フィオナは案外真面目な声で続ける。
「魚をさばくのにもいいニャ」
サラはにやりと笑った。
レイは思わず呆れたが、三人の自由すぎる発想に、なぜか少しだけ楽しい気分になっていた。
(本気でそれを使う場面があったら怖いな…)
心の中で苦笑した直後、本当にそれを使う羽目になるとは、レイはまだ知らなかった。
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