第119話(やっと人並み?)
神殿での足止め二日目。
神殿長の話では、今日の夕方までには返事が届くということだった。
それまでは各々が自主訓練をすることになり、レイは今日も湖のほとりへと足を運んでいた。
昨夜、レイはふと疑問に思い、神殿長に尋ねてみた。
「自分が魔法を使うのに、こんなに苦労しているのって普通なんですか?」
その瞬間、神殿長は目を血走らせながら勢いよく詰め寄ってきた。
「魔法が使えるようになったのですか!」
やけに目が輝いている。
「おお、何と素晴らしいことだ!なぜもっと早くその報告をしてくれなかったのですか!神殿内で魔法を授かれば、力が湧いてくるような感覚を覚えますからな。普通はすぐに分かるのですぞ!」
「いや、色々ありまして……」
レイは苦笑いを返す。
「それはさておき、どのような魔法を習得されたのですかな?」
「ファイヤーボールです」
「なんと、灯火の術ではなく、いきなりファイヤーボールを会得されたというのか!しかも教えすら受けておらんというのに!」
「え? 最初に覚えるのってファイヤーボールじゃないんですか?」
「通常、最初に学ぶのは火を灯すための術です。聖霊の儀を行うのは、ほとんどが五歳児ゆえのことですがな」
「……ああ、そういう事情もあるんですね」
やや気まずそうにうなずくレイに、神殿長は目を細めた。
「その通りです。では、そのファイヤーボールの術、私にもお見せいただけるか?」
結局レイは魔法を披露することになった。
魔力を円柱状に伸ばして火球を作り出し、アルに言われた通り呪文を唱えるフリをする。
しかし、神殿長の反応はやや拍子抜けだった。
「なんともお労しいことだ……もし幼少の頃にその才が見いだされていれば……」
聖なる核を復活させた魔力を持つレイのファイヤーボールは、直径わずか十セル。
小さすぎるその球体を見て、神殿長は逆に驚きを隠せなかった。
「普通の人だと、どれくらいになるんですか?」
「火の魔法使いは、普通の人ではないのですがな……私が見たファイヤーボールは、概ね三十セルを超えていたと思いますがな」
「どうしてそんなに大きくできるんですか?」
レイの問いに、神殿長は「へ?」と間の抜けた顔をした。こんな神殿長は、レイも初めて見る。
どうやら、普通の術者であれば、精霊が魔力の大きさを勝手に調整してくれるらしい。
しかし、レイは供給者で、術者はアル。
ふたりで試行錯誤を重ねてやっと魔法が発動する極めて特殊なケースだった。
この苦労は、レイとアルにしか分からない。
「アル、とりあえず昨日の続きからやろう!」
気を取り直して、レイは火魔法の訓練に取り掛かった。
今回の課題は、魔力を掌から五十〜八十セルの間でラッパ状に広げて留めること。
しかし、これがなかなか難しい。
魔力を細く鞭のように出すと、小さな炎球しかできず、威力も心もとない。
束を太くして広げようとすると、うまくいかない。
魔力の距離は五十〜八十セルで安定しているのに、拡がりだけがどうにもならなかった。
意識して広げようとすると、掌のすぐ先で魔力が拡散してしまう。
全くコツがつかめない。
「手首を回して円を描くようにしたらどうでしょう?」
アルの提案で、レイは神殿の塀の近くで練習を始めた。
空中でやるよりも、何かに“描く”ような動作の方がイメージしやすいと考えたのだ。
アルに魔力が視えるよう調整してもらい、手首を回しながら塀に円を描いてみる。
しかし、すぐに手首が痛くなってきた。そこで、肩から腕全体を回す動作に切り替える。
これは手応えがあった。普通の魔法使いがやるような動きではないが、レイはそもそも普通ではない。
「これならいける!」
湖に戻ったレイは、肩を支点に腕を回しながら魔力を放出した。
そして見事に人並みのファイヤーボールが完成する。
ここまでやって、ようやく人並みかと肩を落とすが、レイはまだ気づいていなかった。
この世界に、無詠唱で魔法を放てる者などいないことを。
外から見れば、呪文もなく魔法を使う彼は、異常な存在に映るはずだった。
そのことにも、まだ気づいていない。
さらに。
「両手でやったら倍になりますが?」
そうアルに言われて、ようやくその発想すら抜けていたことに気づくのだった。
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