第116話(特別待遇を要求する)
レイが廃村での墓参りを終えると、アルの声が静かに響いた。
(幼少期に村でオークに襲われたと聞いて、少し気になっていました。ですが、トラウマが蘇るような様子はなかったようですね)
「そういえば…そうだね…ここって、あのときの村だったんだもんな」
レイは立ち止まり、少し驚いたような顔で呟いた。
「前みたいに気分が悪くなってもおかしくなかったのに、今は……大丈夫みたいだ」
「どうしたの、レイ君?」
セリアが不思議そうに首をかしげる。
「アル殿と話しているのだな」
フィオナが頷きながら納得したように言った。
「つまり、それが独り言の正体ニャ」
「えっ、そんなに喋ってました?頭の中だけのつもりだったんだけど……」
レイが慌てて弁解すると、サラはにやりと笑った。
「セリンの高級レストランの帰りに『フィオナの体に触る?無理無理!』って言ってたニャ。唐突だったけど、今思えばそれも独り言だったニャ」
「それに、ファルコナーに来たときも『ええ、もうそんな時間』とか口にしてたニャ」
「なるほど、ならばアル様と話していたのは辻褄が合うな」
「ちょっと待って、セリンの高級レストランって何?」
セリアが疑問をぶつける。
フィオナは少し戸惑いながら答えた。
「あれは、オーク討伐の際、私がジェネラルに足をやられて動けなくなったときに、レイに助けられた。そのお礼として……セリンで食事をした」
「お姫様抱っこもあったニャ」
とサラがからかうように言う。
「『も』って何?他にもあるの?」
セリアが目を丸くする。
「一回目はセリンの森でジェネラルに襲われたフィオナを抱えて逃げたニャ。二回目はファルコナーに向かう途中の村が、オークに襲われたニャ。それで伝令に出る事になったけど、フィオナが同じ速さで走れニャいから、抱えて運んだのニャ」
フィオナはばつが悪そうに、顔を赤らめた。
セリアはレイを睨みながら叫んだ。
「レ、レイ君!」
「ヒャイ!」
レイは慌ててその場にジャンピング正座する。
セリアは真剣な顔で続けた。
「ジェネラルに襲われそうになったフィオナを助けたのは、まあ許すとして、その後の怪我の手当て、レストランでの食事、スタンピードでの合体魔法、それにお姫様抱っこで運ぶって……フィオナだけ特別扱いじゃない!」
レイは困ったように眉をひそめた。
「特別扱いって……」
「今すぐ私にも何かしなさい!」
「え、今すぐって……」
「神殿に戻るまで、お姫様抱っこよ!」
レイは観念したように頷く。
「分かりました。神殿近くの湖まで、抱っこして運びます」
セリアは一瞬きょとんとした顔をしたあと、少し顔を赤らめた。
「え、本当に……?そ、そこまでしてくれるんだ」
その表情には、ほんの少し嬉しさがにじんでいた。
フィオナとサラは、そのやり取りを見ながら、どこか複雑な表情を浮かべている。
やがてレイはセリアを抱き上げ、歩き始めた。
「じゃあ私は斥候ニャ」
サラが前を歩く。
「私は後ろの警戒に回る」
フィオナが静かに告げ、最後尾についた。
そして奇妙なフォーメーションが完成した。
しばらく歩いていると、セリアがレイに問いかけた。
「さっき、アル様とは何の話をしてたの?」
「過去のトラウマについてですね。あの村で、俺が子供の頃にオークに襲われたことを、アルは気にしていたみたいで」
「トラウマか……厄介よね」
「一度、オーク戦の前に気分が悪くなって、リバースしたことがあるんです。あのときは、さすがに自分でも参ってた」
「それを、どうやって乗り越えたの?」
「アルが、色々とやってくれました」
「アル様が、ねぇ」
セリアは、どこか感心したような声を出した。
(レイ。アル“様”はやめてもらえますか。私たちは仲間ですから)
「……了解、アル」
「セリアさん、アルが“様付けは他人行儀だ”って言ってます」
レイは真面目な顔で告げた。
「ええ……そう言われると、恐れ多いけど」
「アルは、このパーティ全員が対等な仲間だと思ってるそうです」
「……そうなの。アル様も、私たちを仲間だって思ってくれてるのね」
セリアは少し黙ってから、静かに微笑んだ。
「じゃあ私も、アルって呼ばせてもらうわ。これで一緒ね」
そう言って、彼女はそっとレイの腕に身を寄せる。
その様子を後ろから見ていたフィオナが言った。
「ならば私もアルと呼ぼう。仲間同士、遠慮はいらないからな」
「ニャ、アルも仲間か。どんどん面白くなってきたニャ!」
サラが楽しげに言う。
日差しがやや傾く中、彼らは静かに湖へと向かっていった。
「でも、たまには抱っこされて運ばれるのも悪くないですね。俺も昔、シスターラウラにあやされてたことがあって」
「それと一緒にしないでよ!」
セリアは頬を膨らませながら、小さく文句を言ったのだった。
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