第112話(聖なる認定)
「魔法?」
レイがそう口にしたのは、アルから「精霊からの力、魔法です」と告げられた瞬間だった。
一瞬、何を言われたのか理解できず、レイは目を見開いた。驚きと疑念が入り混じり、思わず問いを重ねる。
「誰に? アルに? え? どうして?」
アルは落ち着いた様子で、当時の状況を淡々と語り始めた。
(コアの修復が終わりかけたとき、突然、内部が輝き出したのです)
その言葉に、レイがすぐさま反応する。
「それ、オレも見たよ。もう魔力が限界だったんだけど、いきなりコアが輝き出したんだ。とにかくコアを包もうと思ったんだけど、ダメだった……」
声には落胆の色がにじんでいた。
すかさずアルが言葉を継ぐ。
(それは私のミスです。変換器や蓄積装置まで含めて魔力で覆ったものですから、再計算するべきでした)
「いや、ごめん。そこは気にしてないよ」
レイは軽く首を振って励ましながら、続きを促した。
「話を続けて」
アルは一拍置いてから話を再開する。
(その時、おそらく精霊だと思いますが、私の意識に向けて思念で語りかけてきました。
思念はほとんど単語のようなものでしたが、それを繋げると『この地を守った感謝の印に、我が力を授ける』と
いう言葉になりました。そしてその直後、私のデータの一部が書き換わったように感じたのです)
「確かに、精霊様が『我が力』って言ったら、魔法だよな」
レイは納得したように頷く。
(そうですね。そして、この力を受け取った私は、機能が著しく低下し、再起動を余儀なくされました)
アルの声には、少し疲れたような響きがあった。
反対にレイの胸は高鳴っていた。
アルが「魔法を授かった」と言った瞬間から、彼の心は逸るばかりだった。どんな魔法なのか、早く試したい。
だが、この豪華な貴賓室で魔法を放つのは気が引ける。
「アル、早く試そう!」
レイが興奮を抑えきれずに言った。
(どんなものかも分かりませんし、レイに危害が加わるかもしれませんよ)
アルの冷静な諫めにも、レイは食い下がる。
「でもさ、小さい魔法を絞って出せば大丈夫なんじゃない?」
目は期待に満ちていた。
(レイの胃袋に向かってですか?)
少し茶化すように返され、レイは苦笑する。
「いや、それは勘弁して。でも、こっそり外に出て湖に向かって撃てば大丈夫なんじゃない?」
提案に、アルは静かにアバターの手を耳の位置にかざし、静かに言葉を返した。
(おそらく見張られています。貴賓室の扉の前に、人の気配がします)
「見張り……?」
レイは思わず顔をしかめ、視線を扉へ向けた。背筋がすっと伸びる。
(レイ、少しお待ちください。聴覚を強化しますから、ドアの向こう側の音を聞いてみてください)
レイはその指示に従い、ドアの向こうに耳を澄ませる。
「誰かドアの前に立った?」
小声で漏らすと、アルが即座に肯定した。
(はい。レイが寝ている間に、神殿はあなたを“聖なる核を蘇らせた聖者”として認定することを決めたようです。
おそらく、扉の外に立っているのは、警護か見張りでしょう。外に出ようとすれば、すぐに見つかると思います。どうしますか?)
レイは思わず息を呑んだ。
「聖者認定……? オレが?」
しばらく言葉が出なかった。
(はい。なので、少し大人しくしておいた方が良さそうです。魔法を試す機会は、必ずありますから)
「それは分かったけど、聖者認定って断れないかな」
(難しいですね。教会を敵に回すのは得策ではありませんし)
「そりゃそうだ。オレ、教会には恩があるし」
(なるべく穏便に済むように持っていきましょう。それと、もう一点あります)
「嫌な予感がするんだけど、気のせい?」
(いえ、気のせいではありません。レイが昨日錯乱して、コアに向かって私の名前を連呼してました。そして私は精霊認定されています)
「ど、ど、どうしよう……?」
レイは頭を抱え込んだ。
***
まだレイが貴賓室で眠っていた夜の神殿。
その奥深く、静かな一室にて、神殿長エゼキエルが一通の手紙をしたためていた。
重厚な机に広げられた上質な羊皮紙には、緻密なカリグラフィーで宛名が記されている。
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「尊敬するデラサイス大司教殿
昨夜、精霊の儀において、前代未聞の奇跡が起こりました。
長らく不安定なままであった“聖なる核”が、精霊の導きによって、再び輝きを取り戻したのです。
その瞬間、儀の場にいた一人の少年『レイ』と名乗る者が、精霊に名を呼ばれ、その身をもって
崩壊の兆しを封じました。
我々は、彼こそが精霊に選ばれし者であり、聖なる核を救うという使命を与えられた
“聖者”であると確信しております。
彼の手を通じ、いくつかの御神体にも変化が見られました。一部には喪失もありましたが、
それ以上に明確な啓示と未来への光を感じております。
よって神殿としては、彼を正式に“聖者”と認め、然るべき保護と導きを与えてゆく所存です。
詳細な経緯は追ってご報告いたしますが、まずはこの奇跡の一報を、
いち早く王都へお届けするべく筆を執りました」
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書き終えたエゼキエルは静かに筆を置き、蝋を溶かして封を施す。
神殿の紋章が刻まれた指輪を押し当て、封書を厳かに完成させると、助祭司エリオスを呼んだ。
やがて姿を現したエリオスは、深く一礼して手紙を受け取る。
それを慎重に筒へ収めると、用意されていたスカイホークの足へ括りつけた。
夜風に羽を広げたスカイホークは、ひときわ鋭い鳴き声をあげて飛び立ち、
神殿の屋根を越え、夜空に旋回してから――まっすぐ王都の方角へと消えていった。
聖者の名を記した一通の手紙が静寂に包まれた夜空を、真っ直ぐに駆けていく。
その頃、レイはまだ、見知らぬ天井の下で静かに眠っていた。
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