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第110話(聖者の出現)

「聖域内で一体……何があったのだ?」

神殿長の問いに、レイは呆けたような表情のまま、ぽつりと呟いた。


「……いなくなっちゃったんですよ……」

まるで自分でも信じられないといったような、感情の抜けた声だった。

神殿長は目を細める。


「……誰が、だ?」


だが、レイの目は焦点を失ったまま、宙を彷徨っている。


「オレの……相棒です……」

かすれた声で言いながら、レイは震える唇を動かした。


「あのコア……あと二年で壊れるって……長くもたないって言ってたんです。だから、それまでに手を打とうって。放っておいたら――爆発するかもって……」


「……コアとは、聖なる核のことか?」


レイは力なく頷く。

神殿長が表情を引き締めた。


「その“相棒”というのは、誰だ?」


神殿長が問いかけた瞬間、レイの瞳が鋭く光り、叫んだ。


「アルに決まってるでしょう!」


唐突な叫びに、助祭司エリオスが思わず身を引いた。


「アルは……コアと同じところから来たんです。核のことも、魔力のことも、全部知ってて……」

「コアと同じところ……?」


神殿長と助祭司が目を見交わす。

低く、神殿長が呟いた。


「まさか……精霊様……?」


エリオスが息を呑んだまま言う。

「神殿長。この青年が語る“相棒”とは……あの、星降りと共に現れた精霊様なのでは?」


「相棒と呼ぶのは不敬かもしれん。だが、名を知り、言葉を交わし、行動を共にしていたというのなら……。聖なる核の光が失われかけていたことを知り、ここへ導かれた……というのか」


神殿長は、レイの虚ろな瞳をじっと見つめたまま、慎重に問いかけた。


「その後、どうなったのだ?」

レイは震える肩を抱えるように、両腕を胸元に引き寄せる。


「……コアが壊れそうで……爆発する前に、アルが他の部品を使って、なんとかしようとしたんです……」


「他の部品……。まさか、精霊様が御神体を……?」


レイは答えなかった。ただ、わずかに頷いたようにも見える。


「核の爆発を――防ごうとしていたのか?」

「うん……でも、オレの魔力も切れかかってて……でも……」


レイの声がしだいに細くなる。


「……でも、核が……光り出したんです……だから……オレ……コアを――」


言葉が、そこで止まった。

レイの瞳が見開かれた。


「……そうだ! 魔力を……コアに魔力を流せば……アルが……アルが戻れるかもしれない!」


その瞬間、レイは跳ね起き、部屋の扉を開け放って飛び出した。


「おい、待て!」

神殿長が咄嗟に叫ぶ。助祭司も慌てて続く。


廊下の奥で控えていたセリア、フィオナ、サラの三人が、レイの慌ただしい足音に気付き、反応した。


「レイ君!?」

「レイ殿、どこへっ!?」

「ちょ、何があったニャ!?」

三人もすぐに追いかける。


レイは迷わず聖域へ駆け込み、崩れそうな足取りのまま、聖なる核へと近づいていった。


「アル……アルが……ここに、いるかもしれないんだ……!」


叫びながら、残されたわずかな魔力を、両手から振り絞るように注ぎ込む。

ほとんど空に等しいはずの魔力。

それでも、レイはただ、己のすべてをかけて聖なる核へ、命を繋ごうとしていた。


そして――


闇に沈んだ聖域の中央で、光が、そっと芽吹いた。


最初はごく微かな、灯のような揺らぎ。だがそれは、やがて静かな力強さをもって、空間全体に広がっていく。

神殿長と助祭司がレイを追って聖域へと駆け込み、扉を押し開けたその瞬間、二人は言葉を失った。


そこには、まばゆい光の中心で両手を広げ、聖なる核に魔力を注ぎ込むレイの姿があった。

核は静かに、けれど確かに輝いていた。


それはただの魔力の反応ではない。

まるで命が、深い眠りから目を覚ましたかのような――そんな懐かしく温かな輝きだった。


「こ、これは……!」


神殿長が立ち尽くし、声を震わせた。

助祭司エリオスもまた、見開いた目を核に向けながら呟く。


「せ……精霊様が……歓喜しておられる……!」


その瞬間、空気が変わった。

光が空間に染み渡るように広がり、聖域全体が、まるで祝福の中に包まれていく。


聖なる核の光に呼応するように、御神体のひとつが、淡く輝き出す。

続いて、もう一つ。さらにもう一つ。


古の祭器も、石板も、金属像も――

まるでそれぞれに宿る存在が目を覚まし、喜びの声を上げるかのように、優しい光を灯していく。


それは、聖域全体が“精霊たちの讃歌”に包まれるような――

かつて誰も見たことのない、神聖な奇跡だった。


続いて、セリア、フィオナ、サラの三人が駆け込んできた。


本来、彼女たちは聖域に立ち入ることを許されていなかった。

だが――


「レイ君、ダメっ!」

「やめろ、これ以上は――!」

「ニャーッ、もう魔力は残ってないニャ!」


レイが扉を開けて飛び出していくのを見て、三人は咄嗟に駆け出していた。

その足が向かった先が聖域だと気づいたのは、もう目前に迫った頃だった。

それでも、止まることなどできなかった。


彼が、何かを取り戻そうとしていると感じたから。

叫びながら駆け寄るも、レイには届いていなかった。


「……アルが、ここに……いるんだ!」


その叫びとともに、最後の魔力が核へと注ぎ込まれる。


そして…

レイは、その場に崩れ落ちた。


三人が駆け寄り、そっとその身体を支える。

静寂の中、誰からともなく小さな声が漏れた。


「レイ殿が言っていた“アル”というのは……一体……」

「探してた、って感じじゃなかったよね……」

「そこに“いる”って、信じてたニャ……」


沈黙の中、助祭司エリオスが静かに言った。


「“アル”とは……聖なる核に宿る精霊様の御名。おそらく、レイ様は心を通わせ、その意志を受け取っていたのでしょう。そして今――我らは、その光の復活に立ち会った」


神殿長が深く頷く。


「……至福の時だ。エリオスよ、すぐに総本山へ報せを。“聖なる核を蘇らせた聖者”が、ついに現れたとな」


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