第107話(神殿での共同作業)
レイが聖域内を歩いていると、アルが突然反応を示した。
(レイ、視界に矢印を表示します。それに従って右手の台座の上にある装置を確認してください。部分的に外殻が壊れていて、中が露出しています。あれです)
レイは網膜に映し出された矢印に導かれ、台座の上に目を向けた。
そこには確かに一部が破損し、内の構造が露出している物があった。
(その装置の中にあるチップが、私たちの目的にとって非常に重要です。まず、装置の左側にあるパネルを外して、そこに見える銀色のチップを取り出してください)
「チップって何だ?」
レイは戸惑いながら尋ねた。
(簡単に言えば、非常に高度な情報を処理するための部品です。これがあれば、私の機能がさらに強化される可能性があります。取り外し方も視界に表示しますので、手順通りに操作してください)
レイはアルの指示に従い、視界に映し出された手順を確認しながら慎重にパネルを外し、内部にある銀色のチップを取り出した。
「これでいいの?」
(完璧です、レイ。大泥棒になれる素質がありますね)
「アル、やっぱり泥棒だったんじゃないか!」
(冗談です。さぁ、そのチップを体内に取り込む必要がありますので、飲み込んでください)
「えっ、飲み込むの?こんな変な足がいっぱい付いたものを?」
レイは驚いてチップを見つめた。
(安心してください。薬だと思って一気に飲み込んでください。レイの体に害はありません)
「まぁ、いつものことだけどさぁ。ホントに大丈夫なんだよな」
レイはしばらく逡巡したが、最終的にアルの言葉を信じて、少し躊躇しながらもチップを口に運び、一気に飲み込んだ。
「本当に薬を飲んだみたいな感じ…」
チップを飲み込んだ後、レイはアルに尋ねた。
「で、このチップがどんな機能を追加するんだ?」
アルは少し考えた後、説明を始めた。
(このチップには、私の処理速度と分析能力を向上させるためのインターフェースが含まれています。七十年前の技術ですが、アルゴリズムと処理データを取り出し、ナノボットのシステムに組み込むことで、機能を強化できます)
レイは首を傾げて、困惑した様子で言った。
「つまり、どういうこと?」
アルは微笑むような声で答えた。
(簡単に言うと、このチップはナノボットの性能を向上させるための助けになります。私の技術の中核部分として活用し、機能を高めることができるのです)
レイはまだよく理解できないようで、
「うーん、その手の話はよく聞くけど、いまだに理解出来ないなぁ…とにかくアルに頼るしかないってことだね」
レイは最終的にアルに丸投げすることにした。
その後、レイはアルに一任することに決め、神殿内の探索を続けた。
アルは他の台座に置かれている物品にも興味を示し、特にナノボットにとって有用な素材を探していた。
古びた装置や破損した機械の中から、アルは貴重な資源を見つけ出してはレイに取り込んでもらった。
(レイ、素晴らしい素材です!)
アルは見つけた部品に歓喜の声を上げていた。しかし、そのたびに取り込まなければならないレイは、喉が詰まりそうになり、考えるだけで息苦しく、吐き気にも似た恐怖が込み上げてきた。
(一体、どんだけ飲ませるつもりなんだよ…)
レイはアルの指示に従いながら、次々と貴重な資源を集めていった。
神殿の奥深くで見つけた物品の数々は、まるで隠された宝物のようであり、二人の共同作業は着実に進んでいった。皮肉にも、アルが歓喜の声を上げるたびに、レイは取り込む苦痛を味わっていた。
まるで幸福と苦悩が同時に進行しているような、対照的な作業だった。
「なぁアルさんや、そろそろこの苦行をやめて、本題の精霊様の試練を受けたいんだけど…」
(そうですね。では祭壇の奥の台座に行きましょう)
祭壇の奥の台座に向かうと、その中心にはかすかに脈動する物体があり、今なおわずかに光を放出していた。
その光は、少しでも触ったら消えてしまいそうなほど弱々しかった。
アルはこれがエネルギーコアであると推測し、体内のバックアップデータから同種のコアを検索した。
同時にコアの状態を照合した結果、それが自分の世界の技術であることを確信した。
しかし、計測結果には明らかな異常値が現れていた。微かに漏れ出すエネルギーは、制御がほとんど効かない状態であることを示していた。
(レイ、これは放っておかれたら危険です。コアのエネルギーが制御できなくなり、周囲に甚大な影響を及ぼす可能性があります)
「甚大な影響って?」
(エネルギーが過剰に放出され、強力なエネルギー波や放射線を広げる可能性があります。最悪の場合、爆発を引き起こし、周囲百キロ圏内、つまりセリン、シルバーホルム、ファルコナーに甚大な影響を及ぼすでしょう。建物が崩壊し、生態系にも長期的なダメージを与えるかもしれません)
「そ、そんなの……絶対に放っておけないじゃないか!」
(ただし、影響が出るまでには、最大で二年の猶予があると見積もられます)
「いやいやいや、その“二年”って全然安心できる材料じゃないから! 爆弾抱えて寝てるようなもんだろ!」
(だからこそ、このコアの内部を調査し、原因を突き止めなければなりません。レイ、あなたの協力が必要です)
「分かった……。で、何をすればいいんだ?」
(レイの魔力でコアを濃密に覆ってください。その中であればナノボットが動けます。私も内部へ侵入して、調査すれば詳細な情報が得られ修復も可能になるはずです)
「……は? ちょっと待て、アル。アルが出るって……アルが向こうに行くってことだよな? それ、戻れなくなるかもしれないって話だろ?」
(その可能性は、ゼロではありません)
「やっぱり……」
レイの声に迷いが滲む。
(でも、誰かが行かなければならない。放っておけば、最悪の事態になる可能性が高いんです)
「だけど……アルが行く必要ってあるの? いつものようにナノボットだけで何とかできないの?」
(通常のナノボットでは対応できません。コアの構造が特殊すぎます。指揮統制系――つまり、私自身でなければ解析も制御も不可能です)
「……だったら、せめてもう少し準備してからでも」
(レイ。時間的猶予は“最大で”二年ですが、あくまで理論値に過ぎません。コアの状態は日々悪化していると思われます。原因が判明しても、調査が遅れれば対処そのものが間に合わなくなります。それに、次にこの神殿の聖域に立ち入れる保証もありません)
レイは歯を食いしばり、拳を握った。
口の中に残る鉄の味と、胸を突き上げる不安が、言葉を塞いだ。
「……アル、簡単に言うけど……もし、オレの魔力が安定しなかったら。アルが…」
(大丈夫です。レイが“集中”してくれれば、私は必ず戻ってきます。
それに、レイの魔力は、私が一番よく分かってますから)
「……そんな調子のいいことばっか言って」
(心配してくれているのは、分かっています。でも、これは私にしかできないことです)
「……オレ、もう誰かがいなくなるの見たくないんだよ……」
レイの声がかすれた。
自分でも思っていなかった言葉が、口からこぼれていた。
アルは一拍置いてから、静かに応えた。
(レイ。私も同じ気持ちです。だから必ず戻ります。……あなたの肉体改造も、まだ終わっていませんからね。
私の仕事は、終わっていないんです)
ふと、レイの唇がわずかに持ち上がる。
「それが“戻ってくる理由”ってのもどうかと思うけどな……」
(説得力、ありましたか?)
「まったく……アルは…」
小さく息を吐いて、レイは目を閉じた。
魔力を練る手が震えるが、レイはそれを抑えつつ、コアの周囲に向かって広げていく。
「分かった。アルはオレが守る。魔力が切れるまでは、絶対に手を離さないから……行ってこい、アル」
(ありがとう、レイ)
レイは深呼吸し、目を閉じた。
彼の中で、覚悟が固まった。
「よし、やるぞ。準備はいいか、アル?」
(準備完了です、レイ。始めましょう)
二人は共に、これから始まる困難に立ち向かう覚悟を決めた。
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