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第105話(夜の神殿)

日が傾き始め、空がオレンジ色に染まりはじめた頃――

一行はようやく四大神教の神殿の前にたどり着いた。


重厚な石造りの建物は、夕暮れの光に包まれ、静かで荘厳な雰囲気を醸し出している。その姿を目にしたレイは、心の中で呟いた。

(なるほど、シスター・ラウラが“行けば分かる”って言っていたのも納得だ…)


フィオナとセリアは、ほっとしたように顔を見合わせ、神殿の扉へと歩み寄る。


「とりあえず、中で休ませていただけませんか?」


神殿の守衛は落ち着いた声で答えた。

「もちろんです。神殿では、精霊の儀式に参加する子供や巡礼者のために部屋をご用意しています。寄進をいただければご宿泊もできますし、簡単なお食事もご用意できますよ」


二人は同時に深く礼をし、それぞれ寄進を差し出す。まだ微妙な緊張感は残っているが、神殿の好意に対してしっかりと感謝の気持ちを抱いていることが伝わる。


レイとサラは後ろから、どこか安心した表情で二人の様子を見守った。

それぞれの胸に思いを抱きながら、一行はゆっくりと神殿の中へと足を踏み入れていった。


神殿の大部屋に案内されたレイたちは、広々とした木の床に目をやった。簡素だけど落ち着く空間で、壁には精霊の絵が描かれており、静かで清らかな空気が漂っている。十人以上が泊まれる広さで、みんなそれぞれ荷をほどき、休む準備を始めた。


他にも五人の巡礼者が同じ部屋に泊まるらしく、視線が合うと互いに軽く会釈を交わした。どうやらここでは、手を胸に当てて礼をするのが習わしらしい。教会よりも少し儀礼が厳格で、フィオナとセリアは思わず背筋を伸ばす。


ほどなく、侍女が夕食を運んできた。温かいスープ、小さめのパン、そして精霊に捧げられた果物が添えられ、香りだけで少しお腹が鳴りそうになった。


「いただきます……」フィオナが小声で呟く。セリアも同じく、手を合わせて静かに礼をした。


食事は自然と黙々と進み、スプーンが器に当たる音だけが響く。だが、空気はどこか張り詰めていた。フィオナとセリアは互いを意識しながらも、周囲の巡礼者に気を使い、声を出すことができない。


レイは二人を見つめながら、なんとかこの重い空気を和らげたいと思った。けれど、何を言えばいいのか分からず、ただスープを啜る。サラもいつもの軽口を控えて、黙って食事に集中していた。


フィオナが小さく溜息をつき、セリアもそれに気づいて目を伏せる。二人の心の中に、まだ微妙な緊張感が残っているのを、レイは静かに感じ取った。


――どうすればいい。話を振るべきか? でも下手に口を出せば、せっかく互いに謝って尊重し合った関係が崩れてしまうかもしれない……


焦りと迷いが頭の中でぐるぐると渦巻き、レイはほんの一瞬、呼吸を止めた。だが、じっと見つめる二人の目を見ると、今ここで黙っているだけでは前に進めない気がした。


「そういえば、なんで神殿に来たいって思ったか、話してませんでしたよね」


言い出した途端、フィオナとセリアの視線が一瞬交わる。ぎこちなさは残るが、二人ともすぐにレイの方へ視線を戻した。その動きに、レイの胸の奥が少しだけ軽くなる。


「前にも言いましたけど、オレには魔力があります。でも魔法を使うには精霊との契約が必要で……その儀式って、普通は子どもの頃に済ませるものらしいんです。でも、教会の記録を調べたら、オレは儀式を受けたことになってて……」


フィオナが小さく息を吸い、セリアは口元にわずかに笑みを浮かべる。張り合いは微塵もなく、ただ黙ってレイの話を受け止めている様子だった。


「それでも一度は、自分でちゃんと試してみたいと思ったんです。だから来たんです。まあ、無理かもしれませんけど……」


言葉を聞いたフィオナは静かに頷き、迷いのない声で言った。


「それでも、ここで何かを見つけられたらいいと思う」


続けてセリアも、少し挑発めいた口調ながら柔らかさを含めて返す。


「ダメで元々でしょう。試してみる価値はあるわ、レイ君」


張り合う空気はなく、ただ互いにレイを支えようとする気持ちが感じられる。その反応に、レイは思わず肩の力を抜いた。場の空気が少しずつ落ち着きを取り戻す。


レイは二人の視線を受けながら、静かに荷物を整理する。そんな自分の心臓の鼓動に、少し照れくささも混じる。


やがて、フィオナがそっと歩み寄る。布団を敷きながら、少し照れた声で言った。


「レイ殿、ここで一緒に休むと便利かと思って。万が一、何かあったとき、すぐ対応できますから」


その様子を見たセリアも、ひと呼吸置いてから布団を敷き、柔らかく微笑んで言葉を添える。


「確かにその通りね。ところでレイ君、魔法のこと、今夜少し話してみたいと思ってたの。ちょうどいい機会かも」


二人が布団を敷き終え、レイは自然とその間に収まる形になった。胸の奥で緊張と安心が入り混じる。


少し離れた位置から見ていたサラは、心の中で小さく呟いた。


(ニャ、少年の苦悩はまだまだ続くニャ……)


部屋が静かに包まれる。だが、両隣の柔らかな微笑みに、レイはなかなか眠れない。寝返りを打つたびに、フィオナやセリアの顔が目に入り、胸がざわつく。


「おやすみなさい」


思わず小さく返すと、逆方向に寝返りを打つ。今度はセリアの顔が視界に入り、柔らかく囁かれる。


「おやすみなさい、レイ君」


再び動揺しつつ、レイはマントを取り出して頭からすっぽり被った。


(これで大丈夫……)


そう自分に言い聞かせ、ようやく目を閉じる。二人はそっと微笑み、優しい声で再び告げる。


「おやすみなさい」


マントの下から小さく返事を返したレイは、静かに眠りへと落ちていった。



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