第10話(魔法使いになりたい)
「アル、これでとりあえず金属は全て揃ったんだよな?」レイは満足げに尋ねた。
「はい、これでナノボットを増やすことができます。宿に帰ったら早速金貨を取り込んで、純金を採取しましょう」とアルが答えた。
「もう、噛んでうぞ!」
レイは金貨を噛みながら返事をした。
「ずいぶんやる気になってますね」
「このまま独り言が増えたら、ちょっと痛い人認定されそうだから…」
レイは苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。
「思考を読み取る会話方法ですね。思考する部分にナノボットを常駐させればコミュニケーションが取れると思います。やってみますか?」
「もうできるんだ」
「はい、少々お待ちください」
レイは待ちきれず、頭の中で念じ続けた。
(こちらレイ、通じてる?通じたら返事をお願い)
しばらくすると、アルの思考が繋がった気がした。ちょっと変な感覚だ。
(こちらアル。思考の読み取りに成功しました。レイ、ナノボットを通じて、あなたの脳内で発生する神経信号をリアルタイムでキャプチャし、解析しています。これで、言葉を使わずにコミュニケーションが取れるようになります。
ただし、思考を正確に読み取るためには、まだ少し練習が必要です。これで声を出さずに意思疎通ができるようになりますね)
アルは満足げに言った。
(そうなの?)
レイは半信半疑な顔をしながら言葉を返した。
(はい、言葉にするより早いです)
(へぇ。で、一つ疑問に思ったんだけど、これって何処まで読み取れるの?)
心配そうな顔をしながらレイが問いかけた。
(レイ、私は言語化された思考だけを読み取っています。感情や曖昧なイメージは対象外です。たとえば、頭の中で具体的な言葉が浮かんだときだけ、それを拾えます)
アルはレイを安心させるように返した。
(言葉を思い浮かべたら、それが全部分かっちゃうのか。それはそれで恥ずかしいな)
レイは少しだけバツが悪そうな顔をした。
(大丈夫ですよ、ちゃんと内緒にしておきます)
(いやいや、アルは誰かに喋れるわけじゃないだろ?)
(では、レイの口をちょっとお借りして話しましょうか?)
(や、やめてくれ!絶対に!)
レイは焦りながら内心で叫んだ。
これ以上の奇行は勘弁願いたいと思うレイだった。
(でも、考えていること全てに返事をされると、考えがまとまらないな)
すると、アルの思考がすぐに伝わってきた。
(では、私に話しかけたいことがあったら、質問するように思考してもらうか、『アル』と呼びかけてください)
(了解だ、アル!)
じゃあ、質問するように思考すれば良いんだな。とレイは頭の中で考え始めた。
(え〜っと。他に何か新しく出来るようになったこととかはないの?)
レイは興味津々に尋ねた。
(はい、先ほども言いましたがレイの腹部の深部に、私の知らない未知の臓器があります)
(それ、変なものじゃないよね?)
(いいえ。ちゃんと機能しています。その臓器は、呼吸や食物から取り込んだ物質を変換し、蓄える役割を持っていました)
アルはさらに説明を続けた。
(その臓器には経路も繋がっていました。背骨から肩や腰を伝って腕や足へ伸びていますが、長い間使われていなかったために退化しているようです)
「で、それが何なの?」
レイは好奇心を抑えきれずに問い返した。
(先ほど、商人の方と握手しましたよね。その時にレイの持つエネルギーと同じ成分を検出しました。勝手ながら、その商人の方の臓器も確認しましたが……容量はレイの十分の一にも満たないものでした。それでも、そのエネルギーは魔法を使う際と同じ場所から放出されていましたので、魔法の源になるものだと考えられます)
アルは淡々と分析結果を告げた。
「ええぇっ!」
レイは驚きの声を上げた。
(レイ、声が出てますよ)
「あっ!」
レイは口を押さえた。
(話を続けます。その経路を仮に魔力経路と呼びますが、レイの魔力経路は退化していました。右腕は肘のあたりまで、左腕は手首まで、右足は爪先まで繋がっていましたが、左脚は足首で途切れていました。そこで、これらを全て指先まで繋がるように修復しました)
アルはさらに詳細に説明した。
(アル、それって……魔法が使えるようになるってことじゃない?)
レイは興奮気味に問いかけた。
(おそらくそうです。そのために確かめたいことがあります。先ほどレイの持つエネルギー――これも仮に魔力と呼びますが――を指先から体外に放出してみました。しかし、それだけでは魔法になりませんでした)
アルは淡々と分析を続ける。
(つまり、魔力が魔法へ変わるには、別の理論が必要だと分かりました。魔法の理論を調べるのが望ましいでしょう。あるいは、実際に魔法を行使する場面を観察できれば、魔力がどのように巡り、変換され、魔法として放出されるのかを解析できると思います)
「………」
レイはぼんやりと聞きながら、口元をゆるませていた。頬がにやけるのを自分でも止められない。
(レイ、話を聞いていましたか? 顔がだらしなくなっています)
「お、おう、聞いてた聞いてた!」
慌てて我に返ったレイは、あわあわとしながら答えた。
(ですので、魔法の理論を調べること。それと、魔法使いの観察が必要です)
(魔法使いは一度だけ練習しているところを見たけど、なんで出来るのかさっぱり分からなかったけど)
(それは視点を変えて観察してみるしかないですね。では魔法に関する本などがあるところに向かいましょう)
(分かった。けど、図書館なんて行った事がないから、場所も分からないよ?)
(街の人に聞くしかありませんね。)
レイは、困った時のセリア頼みで、まずは冒険者ギルドに向かうことにした。
まだ陽はそんなに傾いてないし、混み合う時間じゃないはずだ。
ギルドに着くと案の定、冒険者は戻っておらず、職員は休憩中だった。
「セリアさ〜ん。すみません!」
レイは少し大きな声で呼びかけた。
「はい、あらレイ君、またゴブリンの魔石の換金?」
「いえ、それもあるんですが、今、魔法の本を探してるんです。それで図書館の場所が知りたいんですけど…」
レイは少し照れくさそうに言った。
「レイ君、もしかして魔法使えるの!?」
セリアが食いつき気味に聞いてきた。なんかスゴイ圧だ。
「いやいや、使えないですって。使えたら良いなとは思ってますけど」
レイは慌てて手を振った。
「レイ君、驚かさないで。使えるようになったのかと思ったわ」セリアは、ちょっとだけホッとした顔になった。
レイは、セリアの反応に不思議そうな顔をした。
「それで魔法ねぇ…」
セリアは顎に手をやって考え出した。
レイは、この空気を変えようと必死になって話し始めた。
「いや、子供の頃に魔法使いの話を村の長老さまから聞いて、手をかざして魔法出ろ出ろってやってたんですが…」
レイは手を突き出して子供の頃に憧れた、炎を操る魔法使いの真似をした。
「うふふ、可愛いわね、レイ君」
セリアは微笑みながら言った。
「あ、いや、その…とりあえず魔法の理論に関して、全く無知だったんで、勉強してみようかなぁって、あはは…」
「そうね、みんな子供の頃は魔法使いに憧れるものね」
「はい、オレも憧れてました」
「そっか〜、でもこの時間だと図書館に行ってもあまり調べられないわよ?夕方には閉まっちゃうし」
「そうなんですか?」
「そう。なので、ここの二階の資料室に魔法の本があるから、それを見てみると良いわよ。その間に図書館までの地図を書いてあげるから」
「えっ?ギルドにもあるんですか?じゃあ資料室に行ってきます!」
レイは、そういうやいなや、二階に続く階段を駆け上がって行った。
セリアはレイが階段を駆け上がって行くのを目で追っていた。
(魔法が使えるって分かったら、神殿経由で王都行きになっちゃうかもしれないのに…)
セリアは、レイがいなくなるのは嫌だと、ほんの少しだけ思った。だがそれは杞憂だった。
確かに、魔法使いが神殿を通じて王都へ送られる例はある。だが、それはごく少数にすぎない。
実際には「魔法の才に優れ、将来の国防を担えると認められた者だけが王都に呼ばれる」――そうした政策に基づくものだ。
ところが地方都市では、正しい情報がなかなか届かない。魔法を使えると王都に呼ばれる、という噂だけが独り歩きし、やがてそれが常識のように信じられてしまった。
***
レイは二階に上がるとすぐに資料室と書かれたプレートが掛けられた部屋を見つけた。
中に入ると、部屋の真ん中に木製のテーブルと椅子が置いてあり、壁には簡単な棚が取り付けられていた。
棚の中には地図や資料が並んでいた。
レイは何冊かある本の中から冒険者ギルド発行の魔法の書という本を見つけた。
「へぇ、冒険者ギルドってこんな本も出してるんだ」
その本の目次を見ると、魔法の源、精霊の分類、魔法の社会的な位置付け、魔法の種類という章があった。
とりあえず魔法の種類の章を開いてみたら、アルが話しかけてきた。
(レイ、最初から読まないのですか?)
「魔法の使い方が分かれば、それが一番手っ取り早いだろ」
(レイ、焦ってませんか?)
アルは呆れたように問いかけてきた。
「まぁ、良いから良いから。どれどれ?」
レイはアルをあしらうように言いながら本を開いた。
ファイアボール
•ファイアボールは小さな火球を手から放つ攻撃魔法。対象に向けて放つことで、火傷や炎上を引き起こす。
•主な詠唱: 「火の精霊よ、我が手に集いて敵を焼き尽くせ。ファイアボール」
•使用方法: 手のひらに魔力を集中し、火の球を形成して放つ。
アイスランス
•アイスランスは鋭い氷の槍を作り出し、敵に向けて放つ魔法。敵に刺さると冷却効果もあり、動きを鈍らせることができる。
•主な詠唱: 「氷の精霊よ、鋭き槍で貫け抜け。アイスランス」
•使用方法: 魔力を冷気に変換し、槍の形に形成して放つ。
他にもヒール、シールド、ウインドカッターと魔法が載っていたが魔力を手のひらに集める。魔力を前方に広げる。魔力を刃の形に形成する。とか冒険者になりたての頃に、唸りながらやった事が羅列されていた。
「これ昔、呪文を唱えながら手を前に突き出して、散々やったよ。」
レイは懐かしそうに笑いながら話した。
(それでどうなりました?)
「サッパリだった。どんなに力んでも、詠唱を唱えても、うんともすんとも言わなかった。まぁ詠唱はオリジナルだったけどね」
レイは昔の黒歴史を思い返して少し照れくさそうに言った。
(そうですね。確かにこの本には、魔法の種類に関してある程度、網羅されているようですが肝心の“どのように“の記述が不完全ですね)
アルは冷静に指摘した。
「ん?どういうこと?」レイは首をかしげた。
(“どのように“を頭につけて一節づつ読むと、私の言いたいことが分かります)
「ん? どのように手のひらに魔力を集中し、って事?」
レイは少しずつ理解し始めた。
(そうです、それで言葉の意味を考えて見てください。)
「ああ、確かに、どのように魔力を集中させるのか、これじゃ分からないな」
レイは納得して頷いた。
(そうです。ですので、それが書いてある文献を探しましょう)
「了解だ!」
レイは意気込んで資料室の棚に向かった。
レイは、棚にある本を一冊ずつ手に取り読み始めた。中には魔法の本ではないが、買い取り額が上がる薬草の採取方法や、毒持ち魔物の捕獲方法、魔物の攻撃パターンについて調べた本など冒険に役立ちそうな本もあった。
古代遺跡の謎と秘密と書かれた古代文明の道具や遺跡探索で見つかった宝物にすごい値段がついたとか、読んでいてワクワクする本も見つかった。
「アル、オレ、今まで損してたかも知れない?」
レイは思わず呟いた。
(何をですか?)
「薬草の採取の仕方で買い取り値段が上がるとか、魔物の攻撃パターンとか知らずに戦ってた」
レイは苦笑いを浮かべた。
(そうですね、私もこの世界のことを少し知ることが出来ました)
「魔法について調べ終わったら、他の本を読むのも良いかもね」
レイは新たな発見に興奮しながら言った。
(そうですね。『知識を得るものは、最も貴重な宝を得る』とも言います)
「へぇ、知識は宝ねぇ…」
感心したレイだった。
なんと無くだが、探しているものの輪郭が掴めたような気がしたので、レイは資料室を後にして、受付カウンターの所に戻ったのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。
二話に分けようかと考えましたが、区切りが良いところまで書いてしまいました。
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