第104話(謝罪合戦)
夜が明け、三人は十分な休息も取れぬまま、神殿を目指して歩き始めた。レイもフィオナも、昨晩の疲れが抜けず、足取りは重い。セリアも肩を揺らし、疲れを隠すように歩いている。
その後ろを、サラだけは軽やかにぴょんぴょんと跳ねるように進み、笑みを絶やさず、三人の重苦しい空気とは対照的だった。
フィオナとセリアの間には依然として張り詰めた空気が漂い、互いを意識しつつも、どこか上の空だった。
森を切り開いた街道を進むレイの頭に、アルの冷静な声が響く。
(レイ、そこの木の影に魔物がいます)
その言葉にレイは反射的に剣へ手を伸ばす。だが思考はまだ鈍く、足元の木の根に気づかぬまま、盛大につまずいた。体が傾き、バランスを崩したレイは地面を転がる。
「うわっ!」
フォレストストーカーはすぐに爪を振りかざし、レイめがけて襲いかかる。だがその瞬間、サラが身を翻し、双剣で弾き飛ばした。
キィィン!
鋭い金属音が響く。爪は弾かれ、レイに届くことはなかった。
「危なかったニャ!」
間に合った安堵もつかの間、フォレストストーカーは再び飛びかかろうとする。フィオナとセリアは素早く短剣を抜き、魔物とレイの間に立った。
「レイ殿、下がって!」
「レイ君!」
二人の短剣が閃き、フォレストストーカーの攻撃を抑え込む。
その隙に、サラはフォレストストーカーの懐に滑り込み、斜め下から斬り上げた。
「ニャ!」
鋭い一撃が魔物の腹部を貫き、ドサリと音を立てて崩れ落ちる。
「これで安心ニャ!」
転がるフォレストストーカーの姿を一瞥し、サラは満足そうに笑った。
レイがようやく立ち上がると、フィオナとセリアは短剣を構えたまま振り返り、無事を確認してほっと息をついた。
「レイ殿、申し訳ない! 私がちゃんと警戒していなかったから…」
フィオナは顔を紅潮させ、息を切らしながら謝った。
「ごめんなさい、レイ君! 私、斥候なのに注意散漫だったわ…」
セリアも負けじと謝罪の言葉を重ねた。
二人はどちらが先に言うかを争うように、言葉を被せ合いながら謝罪を繰り返していった。
「私がちゃんと見張っていれば、こんなことには…!」
「いいえ、私こそ! もっと早く気づいていれば、レイ君を守れたのに!」
謝罪の応酬は次第に熱を帯びていく。
「私が不注意だったせいで、レイ殿があんな目に…」
「違うわ、それは私の責任よ! 見えてたはずなのに…!」
それはもはや言い争いに近かった。
どちらがより責任を感じているかを競うような、奇妙な空気が流れる。
レイは二人を見比べながら、どちらをなだめるべきか考えあぐねていた。
謝罪合戦がエスカレートしていくのを前に、思わず頭を抱えそうになる。
(なんでこうなるんだ…)
そう内心で呟いたレイは、口を開いた。
「転んだのはオレです。だから、もうそんなに自分を責めないでください。それに、互いに張り合っているだけじゃ、パーティとして成り立たないと思うんです」
レイが真剣な表情でそう言うと、フィオナとセリアは動きを止める。
互いに一瞬だけ視線を交わし、それぞれがレイに向かって静かに頷いた。
その場にようやく静けさが戻る。
再び歩き始めた三人だったが、各々の胸にはまだ余韻が残っていた。
フィオナは、不安げにレイを見つめながら思った。
(私は本当にレイ殿を守れるのだろうか…でも、セリア殿と力を合わせなければ意味がない)
一方セリアも、レイの言葉を反芻しながら気づく。
(フィオナさんと張り合っても、レイ君を守れない…互いに支え合うしかないわ)
レイ自身もまた、自分の未熟さを痛感していた。
(結局、二人に心配ばかりかけてる…もっとしっかりしないと)
フィオナがふと口を開いた。
「セリア殿…さっきは、無駄に張り合ってしまい、申し訳なかった」
セリアもすぐに応じる。
「私も…余計な意地を張ってしまいました。ごめんなさい、フィオナさん」
二人はお互いの言葉に少し驚きつつも、ほっとしたように頷く。
互いに謝ることで、無駄な意識のズレが少しずつ解けていくのを感じた。
背後で、サラが少し離れた位置からにこにこと笑う。
「ニャ、みんな真剣すぎるニャ!でも支え合わなきゃ、パーティはうまくいかニャいってことニャ」
その声が、重たかった空気を少しだけ和らげた。
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