第103話(揺れる炎と)
山麓の村で聞いた通り、街道を進み、大きな樹を目印に右に曲がると、確かにそれらしい廃村に辿り着いた。けれど…
(やっぱり違うな。オレが居た村とは、何かが違う)
背後には山の影もなく、開けた地形が広がっている。レイは微かな違和感を覚えた。
「すみません、ここじゃないみたいです」
レイがそう告げると、三人は気にも留めずに返した。
「気にすることないニャ」
「聞いた廃村は、あと二つある。次に期待すればいい」
「道を間違えたわけじゃないし、問題ないわ。それに、今から神殿まで歩いても着けない。今日はここで野営しましょう」
拍子抜けするほど前向きな答えばかりで、レイは思わず肩の力を抜いた。
こうして彼らは廃村の広場に陣を取り、焚き火を囲んで簡単な食事を済ませることにした。
そして順番に見張りをすることに決める。
最初の見張りはサラ。次にフィオナ、その後がレイ、最後にセリアが交代する段取りだった。
全員が異論なく頷き、それぞれ横になった。
焚き火のそばで耳を澄ますサラの姿が、周囲の闇に小さく浮かび上がっていた。
その後、静かに時間が流れ、サラがフィオナを起こす。
見張りの交代。フィオナはすぐに立ち上がり、周囲を警戒しながら座り込んだ。
けれど、彼女の意識はどこか遠くにあった。レイの寝顔を一度見やると、いつもの警戒心に加えて、胸の奥に別の意識が忍び込んできた。
(ちゃんと眠れているか……)
小さく息をつき、フィオナは自分の心のざわめきに気づく。いけない、今はレイ殿を守る番なのに。首を小さく振り、意識を立て直した。
それでも、胸の奥に残る微かなざわめきは消えない。目の前の焚き火がゆらめくたび、心の奥でくすぶる想いがちらりと顔を出す。
「落ち着け。余計なことを考えるな。今は、守ることだけに集中だ」
時間が静かに流れ、焚き火のぱちぱちという音だけが周囲に響く。
しばらくして、フィオナの番が終わりかけた頃、レイが目を覚ました。まるで計ったかのようだと、フィオナは内心で感心する。起き上がったレイが静かに声をかけてきた。
「フィオナさん、もう休んでください。次、俺が見張ります」
「いや、まだ眠れそうにないからな」
微笑んでそう返したフィオナは、焚き火のゆらめきに目を落とす。
(あまりに不自然じゃなかっただろうか…?)
内心では焦っていた。理由はひとつ。レイのそばにいたいという思いだ。
(守りたい。けど、それだけじゃない…セリア殿が一緒だと、心がざわつく。負けたくない)
焚き火の爆ぜる音に混じって、心の奥で小さな決意がくすぶる。
(休むべきなのは分かってる。体力の回復も必要だ。でも…今はそれよりも、彼のそばにいることの方が大事に思える)
そんな彼女の心の揺れを知らず、レイは見張りを続ける。
そして少し経った頃、静かにもうひとりが近づいてきた。
「セリア殿? まだ時間には早いのでは?」
フィオナが眉を寄せると、セリアは焚き火の隣に腰を下ろしながら答えた。
「大丈夫よ。もうすぐ私の番だし、どうせなら早めに来ようと思って」
その口調は穏やかだったが、どこかしら挑むような響きがあった。
こうして、見張り番の時間になったはずのレイの周囲に、フィオナもセリアも揃ってしまうという奇妙な構図が出来上がった。
火の揺らめきを見つめながら、セリアは静かに思った。
(なんでまだフィオナさんが起きてるの? レイ君と話がしたいのに…この距離じゃ落ち着かない)
彼女の胸に芽生えるのは焦りと、そして強い意志。
(私こそが、レイ君の力を正しく導ける存在。負けたくない…絶対に)
フィオナと視線が交錯した瞬間、空気が一気に張りつめた。
フィオナが先に口を開いた。
「セリア殿。今のうちに休んで体力を回復すべきでは? 明日の行動に響く可能性がある。レイ殿の負担にならぬためにも…」
「フィオナさんこそ、さっきから全然寝てないんじゃない」
セリアが少し笑いながら返す。
「無理してるのはあなたの方じゃない? レイ君だって、それを望んでないと思うけど?」
セリアの言葉にフィオナは少しだけ詰まるが、すぐに気を取り直した。
「私はレイ殿のために、できる限りのことをしたいだけだ。彼の無事こそ、私にとっての最優先だ。だから、そばに…」
その言葉を遮るように、セリアが言った。
「私もレイ君のためにここにいるの。彼が無茶な戦い方をしないように、支えるのが私の役目。だから、私は離れないわ。必要とされているのは、私よ」
睨み合うふたり。
焚き火の熱が、ふたりの間に流れる対抗心を際立たせた。
レイはふたりを交互に見ながら、困ったように言った。
「ちょ、ちょっと待ってください。争う必要なんてないでしょう? オレは大丈夫だから、少し休んでくれた方が…」
けれど、止まらない。
「セリア殿、あなたの意志は尊重する。しかし、無理をして倒れたら意味がない。それに…私は、レイ殿を守らなければならない。ただそれだけなんだ」
フィオナの言葉に、セリアも真っ直ぐに言い返す。
「だったら、私だってそう。レイ君のために私がいるの。私の言葉があってこそ、レイ君は自分を見失わずに済んでる。あなたには、それが分かる?」
焚き火の音だけが、ぱちぱちと響いていた。
レイは一人、内心で頭を抱える。
(まずいな…これ、何か会った時パーティとして戦えるのかな?)
疲れた顔を隠すように、火に目を落とした。
(俺がしっかりしてないから、二人に余計な心配をかけてるんだろうな…少しでも頼れるようにならなきゃダメだよな)
二人の言葉は胸に重く響いたが、それ以上に自分の未熟さが思い知らされる。
「守られる存在」でいることが、彼にとっては悔しさに変わっていた。
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