第102話(選択と対立)
臨時パーティを組んでいたリリーは、とりあえずファルコナーに残り、薬師としての仕事を続けるという。
せっかく仲良くなったのに離れるのは残念だったが、拠点を持つ者に「また一緒に冒険しましょう」と気軽に誘うのは、やはり気が引ける。
だからこそ、これからの活躍を祈って食事会を開くことになったのだった。
夕暮れのキッチンに立ったのは、フィオナ、セリア、サラ、そしてレイの四人。
それぞれの手には野菜や調味料、スープの鍋。リリーの家に招かれ、夕飯を作ることになったのだが――
料理が始まるや否や、フィオナとセリアはさっそく火花を散らし始めた。
レイの口に合う料理を作りたい。その一点で、二人の意地と誇りが静かに、しかし確かにぶつかり始めた。
「レ、レイ、レイ殿はどんな料理が好きなのだ? スープは……温かくて、優しい味が好みか?」
フィオナは野菜を細かく刻みながら、さりげなく問いかける。その声音には、どこか気遣うような優しさがにじんでいた。
セリアはすかさず、その隣で口を挟んだ。
「でも、ちょっとした刺激があった方が、レイ君の疲れも取れると思うわ。どうかしら?このスパイスを少し加えてみたら?」
そう言って、手元のスパイス瓶を軽く振って見せる。
「スープは、優しい味が一番だ。疲れた身体には、それが癒しになる」
フィオナが譲らぬ姿勢で応じれば、
「でも、ほんの少しスパイスを入れるだけで、ぐっと風味が引き立つのよ。刺激も時には必要よ」
セリアも一歩も引かない。
そうして出来上がった二種類のスープ。どちらもレイに味見をさせようという流れになった。
フィオナは木のスプーンをそっと手に取り、出来たばかりのスープをすくって、慎重にレイへと差し出す。
「レ、レイ、レイ殿、これはどうだろうか? 温かくて、心が落ち着く味にしたつもりなのだが……」
レイはスプーンを受け取り、一口すする。
「うん、美味しいですよ、フィオナさん。すごく、優しい味です」
その言葉に、フィオナはほっとしたように微笑んだ。
が、次の瞬間。
「じゃあ、こっちも試してみて。少しスパイシーにしてみたの。どうかしら?」
セリアがすかさず、自分のスープを差し出す。
レイは困ったように目を泳がせながらも、セリアのスープを一口飲んだ。
「これも……美味しいです。味に深みがあります」
するとすぐさまフィオナが立ち上がる。
「では、もう少し塩を加えた方が良いかもしれないな」
そう言って鍋のスープに調整を加え、再びスプーンをレイに差し出した。
「レ、レイ殿、これでどうだ?」
「えっ、あ、はい……」
レイが再びスープを飲むと、今度はセリアが負けじとスパイスを加え直す。
「こっちも、少し改良したの。ね、味見してみて?」
またスプーンを差し出す。
――まるで永遠に終わらない味見合戦。
レイは次々に差し出されるスプーンの数に目を白黒させつつ、二人の努力を無下にしたくない一心で、何度もスープを口に運ぶ羽目になった。
その後、勝負は他の料理にも波及した。
「レイ君、こっちの野菜炒めも食べてみて?」
「いや、このソースが絶妙だと思う。どうだろうか、レイ殿?」
レイの前に並ぶ皿とスプーンは次々と増え続け、味見という名の食事はもはや拷問に近いペースで進んでいった。
そんな光景をキッチンの隅から眺めていたサラが、にこにこと笑いながら呟く。
「ニャ、少年、大変そうニャ~。でも楽しそうニャ」
そして――
結局、フィオナとセリアの“料理対決”により、レイは満腹になるほどの味見をさせられ、肝心の夕食時には既にお腹がいっぱいだった。
それでも、どの料理も心のこもったもので、味は間違いなく一級品なのだ。レイはアルにこっそり頼んで、消化を助けてもらうことにした。
最終的には全員でテーブルを囲み、笑い声とともに夕食を楽しんだのだった。
***
ファルコナーでの用事を終えたレイたちは、リリーに別れを告げ、セリンへの帰路についた。
「何かあれば、すぐ駆けつけるからね!」
そう言って見送りに来てくれたリリー。
レイは、彼女とはまたどこかで会えるのではないかと思った。
市場で干物や魚のすり身スティック、海藻など海の幸を買い込み、レイはそれらをフィオナの冷蔵機能付きバックパックに収めてもらった。きっとイリスも喜ぶはずだ。……たぶん。
レイ自身のバックパックには、剣とお土産、少しの着替えのみ。アルが言うところの“スキン何とかシステム”のおかげで、常に風呂上がりのような快適さを保てるため、つい着替えを忘れそうになる。
(レイ、それはスキンナノリニューアルシステムとスマートフィードバックシステムです)
アルの声が補足してくるが、レイはその長ったらしい名前を聞くだけで頭が痛くなった。
「もう、長い名前は禁止にしようよ……」
帰りも護衛依頼を受けてキャラバンと共にセリンに向かう事も勧められたが、今回は立ち寄りたい場所があったため断った。
セリンの東にある、かつて自分が住んでいた村。そして、その先にあるという神殿。そこに行けば自分のルーツの手がかりとなる何かが見つかるかもしれないと思ったからだ。
セリンに戻る道中、山麓の小さな村を通り抜けたレイたちは、村長に挨拶を済ませると廃村の情報を尋ねてみた。村人たちは何人かで地図を見ながら三つの場所を教えてくれた。驚くほど気軽に村は消えていくものらしい。
そして村の特産らしい果物やドライハーブも土産に持たされた。
アルは(改造計画が進みます)と大喜びだった。
道中で特筆すべきは、やはりこのパーティの脚力だろうか。
何かにつけて競い合う疾風迅雷とアルのおかげで、いつも荷物はレイとサラが分担した。結果、驚くべき距離を短時間で踏破していた。
そして分岐路に差し掛かった時、レイはふと足を止めた。右に行けば、神殿があるという。
「この道を右に行くと神殿があるのか。でも……セリンに戻るのが二日遅れるんだよな……」
小さく呟いたレイの言葉に、フィオナとセリアがすぐ反応した。
「レイ殿が住んでいた村も、この先にある可能性があるのだろう?」
「それなら、レイ君が決めるのが一番よね」
「セリンに戻るのが遅れると、セリア殿は困るのではないか?ここで別れても良いと思うが?」
フィオナが問いかける。
「私は、一緒に帰るって決めたからには最後まで付き合うわ。それが冒険者としての誇りよ」
セリアはきっぱりと言い切った。
しかし、フィオナも引かない。
「だが、ギルドでの用事があると聞いた。無理をしてレイ殿の足を引っ張るのでは本末転倒では?」
「無理をしてるのは、むしろフィオナさんの方じゃない? 私は、レイ君が無理しないようにサポートしたいだけ」
火花を散らす二人の間で、レイはおろおろと両手を上げた。
「ちょ、ちょっと待って……こんなことで争わなくても……!」
けれど、二人とも止まらない。
「レイ君が神殿に行きたいのなら、私はもちろん付き合うわ。でも、体調だけは気をつけてほしいの」
「私もレイ殿の意志を尊重するが、だからこそ無理をさせないことが私の役目だ」
再びぶつかる視線と視線。
静かな緊張感が流れる中、サラがまたしても軽く笑った。
「ニャ。さすが少年、モテモテだニャ~」
レイは額を押さえ、ひとつため息をついた。
(これ……本当にパーティとして大丈夫なのか……?)
その答えが出る前に、日が傾き始めていたのだった。
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