第101話(揺れる想い、交わる道)
シルバーシェルの一階にある酒場で、泊まっている三人は食事を済ませた。フィオナが片付けに向かう間、サラとレイは少し離れたテーブルで顔を向き合わせて座った。
レイにとっては、相談しやすい絶好のタイミングだった。
「サラさん、ここ何日かで、みんなの雰囲気が少し変わったように感じるんですけど……」
レイは言いづらそうに視線を落とした。
「やっぱり、まだ事件のこととか、他の何かに……不満があるんでしょうか?」
「ニャ?どういう意味かニャ?」
サラは首をかしげ、レイの表情を確かめるようにのぞき込んだ。
「セリアさんとフィオナさんのことです。なんだかこう、ピリピリしてるというか……」
レイは言葉を選びながら慎重に続けた。
「オレに対して、何か言いたいことがあるみたいなんです」
「ピリピリ、かニャ……?」
サラは少し考えるように目を伏せた。
「はい。二人の間で張り詰めた空気を感じるんです。お互いに意見がぶつかってるというか……それが、オレのせいかもしれないと思って……」
言葉を重ねながら、レイの声音は次第に沈んでいった。
「それに……」
少し黙ってから、彼はぽつりと続ける。
「フィオナさんもセリアさんも、自分より年上のお姉さんなんですよ」
その言葉には、敬意とためらいが混じっていた。
「二人とも大切な仲間だと思ってるんです。でも、どちらかの意見を取れば、もう片方を裏切ることになる気がして……だから、どっちの言い分も取れないんです」
そう言って俯いたレイの横顔を見つめながら、サラはゆっくり口を開いた。
「ニャんだ、少年。それ、また無理して背負ってるニャ?お姉さんたちだからこそ、少年がどう考えて動くかを見てるんじゃないかニャ?」
「でも……どっちかに肩入れするなんて、オレには……」
レイは苦しげに言いかけたが、サラはそっと彼の腕に触れた。
「ニャ、それは言い訳ニャ。少年、もう少し気楽に考えていいニャ。言葉や立場に縛られずに、少年自身の考える“最善”を見つければいいニャ」
「最善の方法って……どうすればいいんですか?」
レイは真っすぐにサラの目を見た。
サラは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにやわらかい笑みを浮かべて答えた。
「ニャ、それは少年自身が探すものニャ。誰にとっても正しいことが、少年にとって正しいとは限らないニャ。だから、少年が信じる“最善”は、少年だけのものニャ」
彼女は肩を軽くすくめて、優しく続けた。
「でも、心配いらないニャ。少年が自分を信じて進むなら、フィオナもセリアも、きっと分かってくれるニャ」
レイは黙って頷いた。サラの言葉が胸にじんわりと染み込んでいく。
「自分を信じて進む……か」
小さく呟き、ひとつ深呼吸をする。少しだけ視界が開けた気がした。
「ありがとう、サラさん。少し考えてみます」
「それでいいニャ」
サラは微笑みながら、レイが立ち上がるのを見守った。
レイは軽く頷き、席を立った。黒いローブの男探しと、記憶の家探しに向けて街へと飛び出していった。
***
市場の賑わいも夕暮れとともに落ち着きを見せ始めていた。
リリーの店のテラスで、レイ、セリア、フィオナ、サラの四人は果実水を片手に腰を下ろしていた。リリーは店番をしながら、ちらちらとこちらを気にしている。
「この町は思った以上に大きかったですね」
レイが市場の方を見やりながらつぶやいた。
「確かに、回るのに結構時間がかかったわね。それなのに黒いローブの男の手がかり一つ見つけられなかったわ。もうこの町にはいないんじゃないかと、そんな気がしてる」
セリアは肩をすくめた。
「こちらも黒いローブの男については全く手がかりがなかったな」
フィオナも苦笑した。
「そっちは長丁場になりそうね。偽造した証書をばら撒いた意味もサッパリ分からないし。絶対に見つけて問い詰めてやるわ!」
リリーの瞳に強い決意が宿る。
「悪いことばかりじゃなかったニャ、黒いローブの男を追ってる間に、フィオナの父親のことも調べられたニャ。まさに一石二鳥だニャ」
「この町で黒いローブの男と一緒にエルフのことも聞いてみた。手がかりはあったが、隣国から来た占い師の女性エルフだった」
フィオナは報告するが、その声に張りはなかった。
「フィオナさん、大丈夫ですか?」
レイが心配そうにフィオナをのぞき込んだ。
「ありがとう、レイ殿。大丈夫だ。でも、どうやらここでの捜索はこれ以上続けても無駄のようだ…」
フィオナの表情には疲れがにじんでいた。
「フィオナさん、何かあればオレも手伝いますよ」
「この先は、港からアルディアか、公都を経て帝国方面に出るしかない。ファルコナーを最後の拠点と考えていたから、ここで手がかりが途切れたとなれば、もう他国に渡るしかないだろう。これ以上、皆に迷惑をかけるわけにはいかない」
フィオナは静かに首を振った。
「そうだったの……でも、他の国に行けば、新しい手がかりが見つかるかもしれないわよ」
セリアが慰めるように言った。
「私もファルコナーでエルフの男性の情報が入ったら、すぐ調べて教えるわよ」
リリーは扉にもたれかかりながら笑う。
「ありがとう、セリア殿、リリー殿」
フィオナは礼を言い、ふっと息をついた。
重くなりかけた空気を和らげるように、リリーが話題を切り替えた。
「話は変わるけど、レイ君が探してる家は見つかったの?」
「記憶にあった家は見つかりませんでした。でも、いろいろ回ってみて、探している家のイメージが掴めてきた気がします」
レイは苦笑しながら答えた。
「へぇ、それなら、きっと見つけられるわね」
セリアが明るく励ます。
フィオナはレイの言葉を聞きながら自分の過去を思い返していた。王都や公都での日々、サラと巡った旅の道のり。母に会えば笑顔に癒されることもあったが、父の手がかりは一向に見つからず、ただ時間だけが過ぎていった。
けれど今の彼女には、かつてなかった感情がある。レイと一緒にいたい、という思いだ。一緒に過ごす時間が増えるたび、その気持ちは静かに、でも確実に膨らんでいく。
(私はハーフエルフ。人族に馴染みにくいのも分かってる。でも、レイ殿と一緒にいられるなら、それだけで……)
何度自分に言い聞かせても、心は揺るがなかった。彼と離れるのが寂しい。共にいる時間こそが、自分にとって一番大切なのだと確信した。
迷いも恐れも、今なら越えられる。そう思えたから、彼女は静かに気持ちを整理する。
父を探すか、レイと歩むか。どちらにしても、嘘はつきたくない。自分の心に正直でいたい。
「レイ殿、私も一緒にあなたの家族の手がかりを探そうと思う!」
フィオナは真剣な目で言った。レイは驚いたように目を見開く。
「フィオナさん、それは……今までも十分助けてもらったのに、これ以上ご迷惑は…」
だが、フィオナはかぶりを振ってその言葉を遮った。
「あなたは命の恩人だ。それに、私の足の治療までしてくれた。エルフの矜持として、受けた恩は必ず返す。それが私たちの誇りなのだ。たとえ何年かかっても、あなたの力になりたい」
その目には揺るぎない覚悟が宿っていた。
フィオナはこれまでの旅で培った経験と土地勘を活かし、レイの家族探しを手伝うと心に決めた。
レイはその言葉に感謝しつつも、なおもためらいを見せる。
「でも、本当にいいんですか?フィオナさんには他にもやるべきことがいっぱいあるんじゃ…」
フィオナは静かにレイの肩に手を置き、優しく言った。
「今はあなたの手助けをすることが、私のやるべきことだと感じている。だから、心配しないでくれ」
その優しさと決意が、レイの心を揺さぶった。
彼は静かに頷きながら、心の中で思った。
(記憶の家を探す旅をフィオナさんに相談するのは、今しかないのかもしれない)
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